雨の日に来た猫。
昔は雨が大好きだった。
部活が休みになるし、部屋から出ないでいい理由を全部雨のせいにできた。それだけじゃなく、ただ、しとしと降る雨の音を聞くだけで落ち着いた。
なのに、最近は本当に雨が嫌だ。
雨が降ったからといって仕事が休みになるわけでもないし、部屋から出ないでいい理由にもならない。
なんなら洗濯物も乾かないし、買い物に行ったら買い物袋がびしゃびしゃになって、家の中を濡らしてくる。
気圧のせいで頭も痛い。
大人になって、雨が本当に嫌だと思うようになった。
でも、土砂降りの雨の日。
その日だけは、少しいつもと違う。
十数年前のちょうどこの時期、その日は、大雨の日だった。
家の外で、小さな小さな子猫の鳴き声がした。
か細くて、可愛らしくて、でも必死に鳴く子猫の姿を、見ていなくても、その声から想像できた。
「こんな雨の中、野良猫はかわいそうだねえ」
なんて、元野良猫出身のクロに話しかけながら、その子供たち2匹を見つめながらいった。
「あんたたち、クロに感謝しいよ。今頃こんな雨の中、あの外の子みたいに泣かなあかんかったで?」と。
もちろん、2匹は聞いていないかのように、まるっと寄り添って寝ていた。
しばらく経っても、子猫の声は止まない。
そして、気づいた。
「なんで1匹の声しかせんの?」
うちの猫たちもそうだったが、大体猫は一度に数匹産むわけで、あんな鳴き声をしている頃の子猫なんて、数匹一緒に固まって過ごしているし、母猫ももちろん一緒のはずだ。
なのに、鳴いているのは、1匹だけだった。
気になって、思わず玄関の扉を開けた。
すると、玄関の目の前に、目も開いていない小さな小さな子猫が、必死にこちらに向かって泣き叫んでいた。
思わず、「え!?ずっとうちの前で泣いてたん!?」
と、家にいた母親に助けを求めた。
家の猫たちが、中から外にいるその子猫の鳴き声に興味津々といった感じで、わたしの後ろから首をのぞかせていた。
あー、まずいな。この子のこと傷つけないかな。
そう思いながら、あまりにも不憫で仕方なく、
「雨が止むまでやで。止んだら出ていきな?」
そういって、玄関土間にその子を入れた。
よく見るとこの子はあまりにも体がノミだらけで、あちこち掻きむしった痕もあり、見ているこちらが辛くなるほど可哀想だった。
うちの家は、住宅地の奥まったところにあり、家の裏側は大きな敷地を持つ家の裏庭になっていた。草がたくさん生え、野良猫も住み放題だった。
でも、この子がいたのは、裏庭ではなく、表通りの道路側だった。
間違いなく、誰かが捨てたとしか言いようがなかった。
「あんた、すてられたん?」
このこの種類は「サビ猫」。
今でこそ賢くて可愛いと人気のサビ猫だが、当時はほとんど見たことがなかった。
(のちに、動物病院の先生に、日本で今14匹しか確認されてません。と言われたくらい珍しかった。本当かどうかは知らないけど。)
どう見ても可愛い顔ではないし、小さいが故に、顔のど真ん中を縦に通る縞が主張しすぎて、いったいどんな親猫からこんな縦縞の子が生まれるんだ、と思うくらい不細工だった。
でも、猫を飼っている家だけあり、そんな子を放っておけず、家族みんなで手分けしてご飯を買いに行ったり、体に毒のない市販のノミの薬や、シャンプーなど探した。
何より、目が涙とごみで完全に塞がっていたのを、必死に水でふやかしながら綺麗にするのに苦労した。
そうこうしているうちに、外がだんだん晴れてきた。
「これ以上はうちには置いとけんのよ。かわいそうやけど。頑張って生きな」
そういって、外に出した。
うちの猫たちも、家に入れている数時間、手も出さず、シャーっと怒ることもなく、わたしたちの世話をする横からそーっと眺めていたくらいには気にしていた。
だが、ここで終わらない。
晴れたと思ったら、急にまた土砂降りの雨が降り始めた。
すると、また外で子猫が鳴く。
「あー!もう!」そう言いながら、玄関を開けて、また子猫を入れた。
何度このやり取りを繰り返しただろう。
もう4〜5回は、同じことの繰り返しで、晴れたと思って外に出したらまた土砂降りに。
「あんた、うちに居たいん?困った子やな。いや、神様に守られてるんやな。は〜、しょうがない、もうええわ、今日は4匹目のお出迎えの日や!」
わたしたちはその子を、縦縞の「ターちゃん」と名付けた。
先住猫たちはみんな優しく穏やかな子達だったので、誰もいじめないし、
ターちゃんも、賢かったのか先住猫にちょっかいをかけることもなく、おとなしく過ごしていた。
ターちゃんは一応野良猫なので、少しは外に出したりしていた。
すると、1歳になる前に、子供を産んだ。5匹も。
流石に全員を育てることができず、結局1匹は里親に出したが、
残る4匹とターちゃん、先住猫であるクロ一家の計8匹の大家族となった。
そこからわたしたちは、長年8匹と暮らした。
12年そこそこで亡くなってしまった子もいれば、19歳まで生きた子もいた。今は1匹も残っていない。
最後に亡くなったのは、ターちゃんだった。
正直、この子は長生きしないと言われていたが、最も長く生きた子のうちの1匹だった。
強くて、賢くて、優しくて、おとなしくて、人間も猫もみんなターちゃんが好きだった。
あと、これがいちばん重要。
ターちゃんは、ものすごく可愛くなった。
縦縞は大きくなるにつれて、鼻筋が通って見えるし、首周りには襟がついたような模様もあって、ゴージャス極まりない。
本当に本当に可愛い子だった。
土砂降りの雨の日に、ターちゃんは我が家にやってきた。
神様がわたしたち家族にくれた、雨の日のプレゼント。
だから、土砂降りの日だけは、ターちゃんと一緒にいるような気がして、少し幸せになるんだ。