バキ童と岡田斗司夫の会話を元にオホ声について持論を広げたい
有名な方々にどのような敬称をつけたら良いのかわからないので、ここでは一切の敬称を略します。
自分は物心ついた頃からエロ漫画を読んでいました。
出たばかりの頃こそ黒船のようなニューエロスだと感じていましたが、今となってはオホ声は普遍的で、ありふれた、ただのヨットでしょ、と思ってしまいます。そんな風に思っていいわけがないのに。
更新だうれしいなぁとわくわくで開いたバキ童と岡田斗司夫コラボ動画を見て、オホ声について突き詰めたくなり、これを書いています。
あくまで持論です。
結論、オホ声とは歪んだ安心と浅はかな承認欲求である。
誤解を生む結論ですが、オホ声を否定しているわけでも、軽んじているわけでもありません。オホ声は素晴らしいものであり、夢のあるものだと思っています。
以下、思考の裏付けです。
1.前提として、オホ声は何故ここまで流行したオホ声が流行したのか
原因として、快楽主義者の間違った武器の使用があると考えています。
童貞を馬鹿にするときに使っていい武器は、「子孫を残せない弱さ」だけのはずなのに、快楽主義者たちのせいで「こんなに気持ちのいいことができない弱さ」と言う、本質でない間違った武器を使ってくる人たちが生まれてしまいました。
この間違った武器のせいで、致命傷を負った人間が山のようにいます。
ここが、歪んだ安心が作られた素なのではないでしょうか。
この間違った武器さえなければ、オホ声は生まれたとて流行らなかったと思います。武器を使う人もいます。
負かせてやったという快感を得たい故に、ルールを無視した武器を使用する人もいます。
しかしそれをやってきた時点で、やられた側は反則勝ちなのです。
誇れる勝ち方ではないかもしれません。ですが、勝ちは勝ちです。
そこで歪まずに生きるほうが幸福なのではないかと思います。
2.歪んだ安心=?
歪んだ安心の例
”本気で感じているからオホ声が出ているんだ”
”自分のテクニックはレベルが高いんだ”
”自分の男性器は認められるものなんだ”
=自分は性交渉に正解した。
テクニック、技術ともに間違っていないし、平均を超えている。
という思考があるのではないかと思う。
「歪んだ」という表現をあえてつけたのは、そもそも性交渉はパートナーと一緒に正解を見つけていくものだと考えているからである。
もちろん、「性交渉がうまくできない」「馬鹿にされた/馬鹿にされたくない」「男性器やテクニックに自信がない」人が多くいらっしゃることも、そんな純粋な関係性のパートナーがいる人ばかりではないことも理解しています。それがノーマルであるとも理解した上での結論です。
ただ、本来ノーマルであるべきなのは、セフレや頼み込んでしてもらう性交渉や性交渉に対する多大なコンプレックスではないはずです。
ヤリチンの戯言のようなことを書いていますが、そうではありません。
本来性交渉は、子孫繁栄のための行為です。
たまたまそこにどうしようもない快感や、わかりやすく愛情の確認ができた故に子孫繁栄でない性交渉が生まれていて、そこが歪に形を変えてしまっただけなのではないでしょうか。
コンプレックスを抱えた人たちの肯定をしてくれる、そして安心させてくれるものが、オホ声なのではないでしょうか。
歪みを持ったまま生きていると、縋るようにわかりやすい安心を求めてしまうものです。それが間違いだとは思いません。ただ、思考も安心材料も歪んでいることは事実です。
3.浅はかな承認欲求
歪んだ安心を得て、悲しいかな、自分はこんなにオホ声を出させられるすごい奴なんだぜと人を見下す快感を持ってしまう人はかなり多いのではないでしょうか。
「俺すげーっしょ?wてか、君めっちゃオホ声出してたねwそっちばっかキモチくなってんのずりぃ~w俺のテクに感謝しな?w」
この文章はよく風俗店利用痛客を表す際に使われますね。
風俗店勤務でない自分の知り合いも言われたことがあると言っていましたし、逆にこれを自慢げにご友人らに言っている人に居酒屋で遭遇したこともあります。
そのくらいたやすく、この思考を持った人間に出会えるということです。
これが承認欲求でなくなんであるのでしょうか。
自分すごいでしょ?褒めて!がよくない方向に転移してしまっている訳ですね。
では何故浅はかなのか?それは、相手のサービス精神を見抜けず、驕った態度のまま成長せず、本当に相手に快感を与えられる人になれないままサービス精神を粗末に扱い続け、未来がないからです。
現実的に考えて本気のオホ声を出させられるような快感与え人間はとても少ないです。本当にそんなにたくさんいるのなら、もっと性交渉にまみれた現実になるはずです。
そんな中で、性交渉時にオホ声にありつき、それの発生源が自分だと思い込むのは浅はかです。
オナニー音声であれば、自分のことを知り尽くした自分が、自分を満たすために吟味して購入した完璧な玩具を使用していれば出るかもしれません。
しかし、性交渉は他人とするものですから、100%の快感を得られる人のほうが少ないです。
そんな中、たった数回行為をしただけの他人の快感ポイントを的確に見つけ出し、オホ声出させてやったと本気で思っている人は浅はかすぎます。馬鹿げているとすら思います。
何度も行為しているパートナーがいようと同じです。
例外なのは、そもそも相性が良く、相手に気持ちよくなってほしいと模索し続けた思いやりと向上心のあるカップルだけだと思います。
相手のサービス精神が自分の快感を満たしてくれているだけではないか?と自分を疑うところから始めないと、浅はかな承認欲求から抜け出すことは不可能です。
4.それでも夢を見続けるということ
つらつらと書いてしまいましたが、夢を持つことは悪いことではありません。
ただ、3.でも書いたように、相手に気持ちよくなってほしいと模索し続ける思いやりと向上心も同時に持ち続け、相手との信頼関係を構築しなければ、夢は夢のままです。
以上でオホ声持論の展開を畳みます。
自分はこれからもエロ漫画でオホ声を享受し続ける人生を選びます。チャオ