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夢ファイル #005『囁く部屋』


夢ファイル #005『囁く部屋』 

📁 記録者:貴美子
📅 日付:20XX年XX月XX日
📍 ファイルステータス:未解決


「ねぇ、あなたの部屋は、本当に“ひとり”かしら?」


夜、一人でいる時に。
誰もいないはずなのに、何かが囁く音が聞こえたことはない?

壁の向こう、天井の隙間、ベッドの下……。
決して聞いてはいけない“声”が。

もしそれが──部屋そのものから聞こえていたとしたら?

さて、今夜の夢ファイルを開きましょう。
“囁く部屋”に住んでしまった男の話よ──。


部屋が語りかけてくる


🏢 主人公:桐島悠人(28)、フリーランスのデザイナー。

彼は、ごく普通のワンルームマンションに引っ越してきた。
築年数は少し古いが、駅近で家賃も安い。

「静かで仕事に集中できそうだな。」

そう思っていた。

しかし、住み始めて一週間後──
部屋が、囁き始めた。


最初の囁き


それは、夜中のことだった。

悠人はデスクに向かい、デザインの仕事をしていた。
室内には、ノートパソコンのタイピング音だけが響いている。

その時。

──カサ……カサ……


悠人は耳を疑った。

誰かのいたずらか?
隣の部屋の声が漏れてきたのか?

彼はそっと壁に耳を当てた。

すると──

「こっちを、見ろよ……」

──壁の向こうで、何かが動いた。

悠人は、飛び退いた。

ゾッとするような寒気が背筋を這い上がる。

ここは……誰もいないはずの部屋だ。

なのに、“何か”がいる。

いや、違う。

この部屋そのものが、囁いているのか?


「見えている、んだろ?」


悠人は、なんとか落ち着こうとした。

「……いや、気のせいだ。疲れてるんだ。」

だが、その瞬間。

壁に、うっすらと“手形”が浮かび上がった。

悠人は息を呑んだ。

その手形は、ゆっくりと──

壁を、こちらに向かって叩いた。

「……ここから、出ろよ……」


「ここから、出ろよ……」


壁に浮かんだ手形。

その“何か”は、壁の内側から悠人を叩いていた。

彼は息を呑み、後ずさる。

──これは、夢じゃない。
本当に、ここで起こっていることだ。

足元が震え、冷たい汗が背中を伝う。

逃げなければ。
この部屋は……“何か”がおかしい。

悠人は玄関へ走った。

しかし──

🚪 ドアは、開かなかった。

「……嘘だろ……?」

鍵は開いている。
でも、びくともしない。

まるで、この部屋に閉じ込められたかのように。

いや、“部屋に閉じ込められている”のではない。

“部屋が、彼を逃がさない”のだ。


記憶のズレと、壁の中の声


ドアが開かない。
スマホは圏外。

悠人は、何かを思い出そうとした。

「……そうだ、管理会社に電話を──」

そう思い、メモを探す。
契約時に受け取ったはずの、不動産会社の名刺。

引き出しを開ける。

そこにあったのは──

📄 「賃貸契約書」

「……え?」

彼は書類を見つめた。

そこに書かれていた、住所が違う。

「……この部屋、302号室じゃなかったか?」

しかし、契約書には、「401号室」と書かれていた。

悠人は、自分が住んでいる部屋を見回した。

間違いなく302号室のはずだ。
けれど、書類では401号室になっている。

……じゃあ、ここは、どこなんだ?

その時、壁が、再び囁いた。

「……お前は、思い出せるか?」

悠人は凍りついた。

──この部屋は、最初からここにあったのか?


封印された“囁く部屋”


悠人は、管理会社に電話をしようとした。

📞 「この番号は、現在使われておりません。」

「……は?」

管理会社の番号が消えている?

彼は、スマホの履歴を見た。
賃貸契約の時にやりとりしたはずの通話記録が、すべて消えている。

悠人は焦りながら、賃貸サイトを検索した。

このマンションの情報が、どこにも載っていない。

「……こんなはずない。」

契約したはずの物件。
住み始めて一週間のはず。

だが、どこにも証拠がない。

その時、壁の囁きが、よりはっきりと聞こえた。

「お前は、いつからここにいる?」

悠人は、息が詰まった。

「……一週間前から、だろ……?」

しかし、その言葉を口にした瞬間、違和感が襲った。

「……本当に、一週間前だったか?」

考えれば考えるほど、曖昧になっていく。

「……俺は、いつから……?」

壁が、静かに答えた。

「最初から、ここにいただろう?」


エピローグ:消えた住人


📅 翌日──

🏢 賃貸マンションの管理会社。

「え? 302号室の住人ですか?」

担当者が、怪訝な顔をする。

「いえ、302号室には……誰も住んでいませんよ?」

不動産会社の担当者は、パソコンを操作した。

住人リストを確認する。

──302号室、該当なし。

「でも、数日前に契約されたって……」

「ありえませんね。」

担当者は苦笑した。

「この部屋は、もう何年も誰も住んでいませんよ?」

「……そんなはずは。」

だが、検索しても記録は出てこない。

賃貸契約も、入居者情報も、すべて存在しない。

「……でも、彼は確かにここに住んでいたんです……」

すると、担当者はふと、ある言葉を口にした。

「もしかして……“囁く部屋”のことですか?」

「え?」

「いや……ただの噂ですけどね。」

担当者は、少しだけ顔を強張らせた。

「このマンションには、“聞こえてはいけない声”がする部屋があるって……
入居者は、全員消えてしまうって。」

彼は苦笑しながら、パソコンの画面を閉じた。

「まぁ、気にしない方がいいですよ。」

──その言葉の裏で、壁が小さく、囁いた。

「次の“住人”は、お前か……?」


ねぇ……この夢ファイルを読んでいるあなた。

……あなたの部屋、本当に“ひとり”かしら?

気づかないだけで、どこかの壁が、あなたを見ているかもしれないわね……。

ほら……よく聞いて。今、この部屋のどこかで、“囁き”が聞こえなかった?

次の夢ファイルでお会いしましょう。どうぞ、良い夢を──。


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