義実家がやってくる!ヤァ!ヤァ!ヤァ!Part4
義妹一家との生活もだいぶ慣れてきたころ。
ティリーン!と私の神器ことiPhoneが鳴った。
義母からだ。
「日本に行く予定がたったよ!楽しみにしてるね〜」
ついに、きた。
世の奥様の多くが頭を悩ませるらしい同居問題。
とはいえ、私自身はどうだったかというとそこまで不安はなかった。
そもそも第二子・三子のお産の際に数週間一緒に過ごしたこともあるし。
ただ私は自他共に認めるズボラ且つだらしない女だったので、そこだけが心配。
良くも悪くも、私は自分の生活スタイルというものにこだわりがなかったのである。
よく言えばオープンマインド、イージーゴーイング。
悪く言えば適当、ていうか多分興味がなかったんだろうね。暮らせればいいや、みたいな。
AB型の弊害か。
(ちなみに海外から来た人相手に血液型占いみたいなことをすると変な顔される。
これを信じているのは日本人だけらしい。
どっちかっていうと星座とか干支の方がウケる)
そんなこんなしながら来たる日に備えて掃除だけできる限りやってみた。
さすがの北村も、見映えは気にするのだ。
最終的には義母にぜんっっぶやり直してもらうわけだけども。(すっごい助かる。掃除苦手)
当日、義母から「バス乗ったよ」という連絡をもらい、駅についてタクシー乗ったらこのメッセージ見せてねー、と文章を送る。
「xx町のooマンションまでお願いします。
何かあれば下記連絡先までご連絡ください。」
日本語話せない人にいきなりハイレベルなジャパニーズ言ってみろったって無理だからね。
できる限りの配慮はします。
そうこうしているうちに、ついに義母到着。
山のような荷物を持ってやってきた。
日本語話せない姑 VS 英語に自信ない嫁
ファイッ!!
...とはならないのが、私の良いところだと言われた。
ここから皆さんが望むような嫁姑バトルは起きない。
びっくりするくらい起きなかった。
何なら、アメリカに置いてきた自分の旦那の愚痴を聞かされながら一緒に晩酌するくらいだった。
あると言えば、掃除くらいか。
彼女は皆さんの思うようなアメリカ人にあるような、意見をバリバリ主張するタイプではなかった。(頑固だったけどね)
ただ、ちょっとだけ言うのだ。
「キミコ、今日はいい天気ね」
「掃除用品を買いに行くわよ」
バリキャリの義母、クレジットカードを魔法の杖みたいにぶん回し、掃除や整理整頓に関するものなら何でもすぐ買ってくれちゃう。
ゴッドフェアリーマザーかよ。
ハウスワイフ(主婦)として必要な語彙はこれで覚えた。
ディタージェント、ウォッシングマシン、オーガナイズ、とか何とか。
彼女はクレカの魔法使いだったが、お安い物も大好きだったので毎日のように一緒に激安の殿堂、ドン・キホーテや100円ショップに通った。
そこで店の種類も教えてもらった。
スーパーはグローサリーストア、ホームセンター的なところはハードウェアストア、電気屋はエレクトリックなんちゃら。
お買い物に行って、窓を開け、掃除をする。
教えてもらったところによると、アメリカではスプリングディープクリーニングというものがあるらしい。
日本で言うところの大掃除を、春にやるそうだ。
だから、徹底的にやるわよ。
やると言ったらやる女、義母。
桜が散ったばかりの季節に、ひーこらえーこら汗をかきながら大掃除。
週末やることがないとなれば掃除、整頓。
床のワックス剥がしてかけ直したこともある。
年々私の自堕落さは改善を見せているような気がするのは、彼女のおかげかもしれない。
ここまで読んで、皆さんはこの義母が完璧ウーマンだと思われているかもしれない。
彼女は唯一、料理が苦手だった。
というか興味がない。
なのでお礼と言っては何だが食事だけは作った。
朝はシリアルとかオートミールを各自各々、と言う形だったので昼と晩はしっかり作った。
主婦スキル0と呼んでも過言ではない私は、料理やお菓子作りだけは苦じゃなかったのである。
今思うと凸凹コンビだったのだ。
私は掃除や整理整頓に関して無頓着なので、義母のスタイルに合わせることが苦じゃなかった。
一方彼女の方も、料理に関しては無頓着なので、私が作る物を不満もなく食べてくれていた。
多分知らないうちに我慢を強いたこともあったと思うが、この日々はいい思い出だなぁ、と今でも言える。
そうこうしているうちにビザも無事おり、マンションの用意も整った。
たとえ義理でも、母と呼べる人と一緒に暮らせるのはいいなぁと感じていた頃だったので、同じマンションといえど離れるのは少し寂しいかも...とか思っていたら彼女の部屋は
私の住んでいた部屋の、真上。
ベランダ開けて「ママー!?」って呼べば「はーいー!」って返事がくるレベル。
ちっかいな!!
ここのマンションは防音もしっかりしてるし、良いけどさ。
義妹は数階下だよ?
と思っていたのだが空きがちょうど出たとか何とかで、義妹一家まで私の住む階の1階上に越してきた。
キミコもこっちの階に来たら良いのに〜。
と義理家族一同は笑う。
うーん、さすがにそこまではいいかな!
...とまぁ、こんな感じで私は半ば強制的に英語を使わざるを得ない環境へとぶちこまれたのである。
ここから始まって、
義母とツーカーの仲にまでなり、彼女が社長を務める会社に雇われるようになって更に英語の深みに四苦八苦するわけだが、それはまた別の機会にて。