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メキシコ大統領選挙、上下両院及び州知事選挙の結果について

さる6月2日に行われたメキシコ大統領選挙では、現職Obrador大統領の革新系与党Morena(Movimiento de Regeneración Nacional、国民再生運動)からClaudia Sheinbaum氏が後継者として出馬し圧倒的勝利を飾った。Morenaに他の革新系2党を加えた与党連立Sigamos Haciendo Historiaとしての総得票率はINE(Instituto Nacional Electoral)の公式発表で59.35%、なお前回2018年の大統領選挙でObrador氏が当選した時は連立総得票率で53.19%だった。大統領選挙と同時に実施された上下両院選では与党連立がCámara de Diputados(下院)で365議席を獲得して過半数(必要議席数334)を制し、Senado(上院)は過半数(必要議席数85)に3議席欠ける82議席の獲得となったが、残りの革新系政党を加えて容易に連立を拡大運営させることが可能な状況であり、上院も事実上過半数を制したと見てよい。

ティーンエージャーの時期をメキシコシティーで過ごし、学生時代はラテンアメリカの経済分析を研究テーマとし、その後メキシコ首都及び諸州で実務者としてメキシコを深くウォッチをしてきた私としては、今回の選挙結果は感慨深いものがあった。今回の選挙結果を理解するには、現職Obrador氏が率いてきたこの与党Morenaがこれまでどのようにして躍進してきたのかを見る必要がある。

与党Morenaは、Obrador氏が本格的に大統領の座を狙うために2012年に氏がそれまで所属していた革新政党PRD(民主革命党)を割って出るかたちで結成された。Obrador氏の政治キャリアの最初のスタートはメキシコの伝統的なメインストリーム政党PRI(制度的革命党)であったが、PRIが擁した大統領Carlos Salinas氏の時代にNAFTA(北米自由貿易協定)締結を皮切りに政策を新自由主義の方向に大きく舵を切ったことでPRIに見切りをつけ、同じPRIの中で革新志向をめざしていた著名政治家Cuauhtémoc Cárdenas氏に追随してPRIを離党、1989年にCárdenas氏とともにPRDに立ち上げから参画した。

革新勢力として滑り出したPRDはCárdenas氏が首都Distrito Federal  (メキシコシティー)がそれまでの大統領直轄による行政から州と同格の独立した行政に改組した初めての首長の座を射止めたことでPRIの有力な対抗軸として認知されることに成功するが、全国へ浸透して大統領府を狙うにはハードルが高く、1994年と2000年にはCárdenas氏が、2006年にはObrador氏がそれぞれPRDから大統領選に立候補したものの敗退した。Obrador氏は1996にPRDの党首に就任しPRDを革新路線をベースに劇場型ポピュリズムを加味した政治運営を大胆に取り入れていたが、2012年の大統領選挙の直前にその路線を発展化させるために新党としてMorenaを立ち上げた。2012年は敗退するものの、2018年の大統領選挙をMorenaから出馬して見事地滑り的勝利で制することに成功した。

政党としてのMorenaは、2018年の大統領選挙と同時に行われた州首長選挙でもいきなり首都を含む5州で勝利、その後に順次行われた州首長選挙でも勝利を重ね、今回2024年大統領選挙と同時に行われた州首長選挙でも躍進した結果、メキシコにある31の州および首都を加えた全32の州首長のうち首都を含む24の州首長の座がMorenaが占めるまでとなった。この結果今回の選挙を経て革新政党Morenaは、大統領府、上下両院だけでなく、ほぼメキシコ全土に影響力を広げることに成功したといえる。

では、なぜこれだけMorenaが政治的大躍進を遂げることができたのか。最大のきっかけとなったのは、2016年のアメリカ大統領選で当選したトランプ政権の登場だったといえる。トランプ氏は隣国メキシコとの関係で負の側面(主に国境を越えて入ってくる麻薬供給とそれに関わるカルテルと呼ばれてきた麻薬マフィア)に焦点を当てメキシコをあからさまに侮辱する選挙活動を行い、大統領当選後メキシコとの国境沿いへの壁の建設に着手した。南米を生産地とする麻薬(主にコカイン)は、実質的な最大消費地アメリカへの供給路として1990年代からメキシコ国内を経由地としてアメリカへ入るルートがカルテルにより構築されてきた。

南北アメリカ大陸に全体に関わるこの麻薬問題は非常に根が深い問題であり、アメリカという巨大消費地の存在、現金収入のためにコカイン生産に手を出してきた南米の経済的困窮地域の存在、それに加えて供給の経由地としてのメキシコの存在が複雑にからみあった問題だ。しかし、アメリカ自身が自国内の麻薬消費を取り締まり消費を撲滅することは実質的には無理であるという事情から、アメリカは南米生産国と経由地メキシコに直接働きかけ生産と供給を止めることを目指して麻薬問題撲滅に取り組もうとしてきた長い歴史がある。メキシコでは麻薬戦争とも呼ばれたカルテルとそれを取り締まる側との間で凄惨な暴力抗争が長年にわたり繰り広げられることになり、その過程で膨大な数の犠牲者を出してきた。犠牲者としてメキシコの警察・軍・政府・地方自治体関係者だけでなく、多くの一般市民やジャーナリストも巻き添えとなってきた。

トランプ政権が行った、メキシコという隣国があたかもアメリカに犯罪集団を送り込むだけの国かの様に問題を単純化した侮辱は、それまで微妙なバランスのうえに成り立っていたアメリカとメキシコの関係を真正面から破壊するインパクトとなり、このことがメキシコ国内でエリート層から一般市民まで一気通貫したナショナリズムを掻き立てることになった。そして、Obrador氏は逆にメキシコ国内のこの潮目の変化を上手くとらえ、自らのポピュリズム的政治手法にナショナリズムの要素を加味することであらゆる層からの支持を一気に広げることに成功した。米墨戦争でアメリカに広大な国土を奪われた経緯があり、成り立ちからアメリカとは異なる独自の歴史と文化を持ち実は非常にプライドが高い国民性を持つことから、メキシコに対しては、トランプ政権以前までのアメリカは反米方向にたなびかないよう外交的に非常に気を使ってきた歴史がある。ワシントンのエスタブリッシュメントを排除した外交を標榜したトランプ政権は、対メキシコ政策でこの伝統的な方針を否定し真逆に舵を切った政策をとった。こうしたことから、メキシコ国内ではその反動でそれまでばらばらだったエリート層と一般庶民がナショナリズムを軸にして政治的に強くまとまったといえる。(なお、この政策転換により、逆にアメリカ国内ではトランプ氏はメキシコ国境沿いのレッドステート各州で氏の熱狂的な支持基盤を作りあげることに成功する。)

もう一つの重要な要素として、地方を中心に封建的な風土が色濃く残るメキシコには、そもそも革新的政治志向が広がりやすい土壌があったといえる。メキシコの封建的風土は非常に特異なもので、一部の資本家が富を永年にわたり支配する体制がシステム(構造)化されているというだけではなく、そうした構造が半永久的に変えることのできない階級社会とともに固定化されてきたことにその特徴がある。一般庶民はそのなかに組み込まれて生きるか、あるいは、そうした構造からのがれるために隣にある経済大国アメリカに移民していくかの選択しかなかった。したがって、Obrador氏の革新政党Morenaとその前身ともいえるCuauhtémoc Cárdenas氏のもとで結党したPRDが掲げてきた教育・社会進出における機会均等と生活インフラの質的向上に最大の焦点を当てた革新政策は、固定化された階級社会から抜け出せない多くの一般大衆の支持を広く集めることができるのは原則的には当然ともいえた。

ここで私が原則的にはと書いたのは、実は従来のメキシコでは革新的な政策を取ろうにも、エリート層の強力な後ろ盾がなくしてはむしろ社会秩序に対する単なる動乱かの様に扱われてしまい実質的に鎮圧されてしまうことを繰り返してきた歴史があるからだ。こうしたことにより、封建的な風土は特に地方を中心に長く固定化してしまってきた。この構造の維持に政治面から加担し決定的な役割を担ってきたのが伝統的なメインストリーム政党PRIだった。また、こうした社会問題に焦点を当てようとするジャーナリストも様々な形で弾圧を受け、メキシコの報道自由度は永らく140位台を彷徨う不名誉な状況だった(メキシコの報道自由度は昨年の段階でまだ120位台であり、徐々に改善傾向にはあるが、将来的には少なくともラテンアメリカでのメルクマールとなるチリの52位程度までは良くしていく必要があるだろう)。

Obrador氏もこうした点を十分に意識し、2012年の大統領選挙の段階から、メキシコ北部の重要な工業地帯モンテレイを中心とする財界の支援を取り付けることに成功し、この非常に影響力があるエリート層の後ろ盾を得たことと相まってMorenaは2018年の大統領選挙では幅広く革新系でまとめた選挙連立を組むことに成功して、地滑り的な大勝利を得ることができた。また、ここまで来ることができたのは、Obrador氏のまえにMorenaの前身ともいえるPRDを創設したCuauhtémoc Cárdenas氏の存在があったことが大きい。Cárdenas氏は自身が既に革新政治家として著名な存在であったが、氏の父親が20世紀メキシコ史で最も重要な大統領の一人として名を残すやはり革新政治家であったラサロ・カルデナスであり、Cárdenas氏の存在そのものが革新政治の旗印として常に強いシンボルとなってきた。Obrador氏は、こうした旗印のもとで、その政治的行動力でエリート層の支持を取り付け、劇場型政治という手法を駆使することで全国的に革新政治を広げることに成功したといえる。

メキシコ憲法の規定により、大統領は1期6年のみで再選は禁じられており、現職Obrador氏から後任として託されたSheinbaum氏が今回の大統領選挙で当選を飾ったわけであるが、老練な政治巧者であるObrador氏は引き続き革新政党Morenaに対して政治的支援を継続するであろう。また、2014年以降はObrador氏と距離を置いていたCárdenas氏も、今回の大統領選挙の1週間前に出演したメキシコのニュースチャネルMILENIOにインタビュー出演し、Sheinbaum氏に対して政治的支援をする旨伝えコンタクトを取っていることを明らかにしており、このこともSheinbaum新政権にとって非常に力強い後ろ盾になるのは間違いない。

次稿では、Sheinbaum新政権が取ると予想される経済政策について分析を行いたい。

(Text written by Kimihiko Adachi)

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