(最新)ウクライナ情勢をめぐる外交交渉について。
本日2月10日のロシア・RIAノーボスチ通信は、ロシア連邦下院(デュマ)が、2014年ロシア軍侵攻の際に東ウクライナ・ドンバスで発足させたドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国を、国際的に正当な独立国家としてロシアが承認するようプーチン大統領に嘆願する決議を、週明け14日に行うことで準備を進めていることを報じた。
2014年の東ウクライナへのロシア軍侵攻の際に、ドンバスを構成するドネツクとルガンスクにおいて、親露派勢力がロシアの後押しを受けてウクライナ政府からこの地域の行政府を乗っ取り、ウクライナから分離独立した共和国であるという宣言を行った。これが、親露派勢力がドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国と自ら呼称している地域だ。
この2共和国の実態は、ウクライナからの離脱を国際社会に対して意思表示したように装うロシアが後ろ盾になった勢力の工作に過ぎない。したがって、このドンバスのドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国の双方とも、国連加盟国からの国際的な承認を受けるには至っていない(唯一、同じようにロシアが後ろ盾となってできた黒海沿岸のロシア直轄地南オセチアから、国際的には実体の無い承認を受けているだけだ。)
実はドンバス及び隣接するクリミアの双方を含む東ウクライナは、ロシア軍侵攻以前からロシアの軍、情報機関の関係者が入り込み、すでに実質的にロシアの直轄地域的な状態に置かれていた。しかし、2014年にウクライナ政府で起きた親露派の失脚と親欧米派の巻き返し劇に触発されて、黒海沿岸地域とクリミア・セヴァストポリ海軍基地をめぐるロシアの安全保障上の脅威となると判断したロシアが、この軍事侵攻を引き起こすことになった(そこに至る背景については、弊稿「ウクライナ問題の本質」に書いたので参照いただきたい。)
2014年の侵攻の際のロシア側の主目的は、ロシア海軍黒海艦隊の拠点セヴァストポリ基地が存在するクリミアの占拠であった。そして、ロシアは侵攻前からこの地域のロシア系住民の後ろ盾となり、ウクライナからの分離、ロシアへの編入の地域運動が盛り上がるように暗に促してきていた。
こうした長期にわたる事前の工作が影響し、ロシア軍がクリミアへ侵攻した際、ほぼ無血に近い形での占拠となり、結果としてロシアはクリミアの併合を宣言し現在に至っている。その結果、それまでウクライナ政府との間で租借の地位にあったセヴァストポリ基地は、ロシア海軍の軍港として完全に接収された。
一方でドンバスにおいては、ウクライナ政府軍がロシアに後押しされたドネツクとルガンスクの親露派勢力に対し激しい防御戦を展開し、ロシア側の完全な占拠を許さなかった。そして、戦闘を終結させ、地域を安定化させることを目的として、フランスとドイツによる仲介の下、ロシアとウクライナの間で停戦と地域安定化についての合意が取り決められた。
これがミンスク合意と呼ばれているもので、最初に取り決められたミンスク合意で停戦が維持できなかったため、改めて取り決められたミンスク2合意が現在、当事者間で有効とされる取り決めとなっている。また、フランスとドイツの仲介の下で、ロシアとウクライナがこのミンスク2合意の取り決めを推進するプラットフォームがノルマンディーフォーマットと呼ばれる協議だ。
しかし、ミンスク2合意が2015年2月に取り決められて以来、状況は全く改善せず、現在もドンバスではロシアの後押しを受けた親露派勢力の陽動により、戦闘が頻発しているのが実情だ。
アメリカとNATOが主導して行ってきたロシアとの交渉が平行線を辿る中、今年1月に入りフランス・マクロン大統領が主体となりヨーロッパ主導によるロシアとの外交交渉が進められている。その唯一の拠り所としているのが、このドンバスをめぐるミンスク2合意である。
しかし、このミンスク2合意は停戦を急ぐことに主眼が置かれ、地域安定化プロセスについてはロシア側の意向が強く反映されているという問題がある。つまり、停戦が確立された後の地域安定化について、ドンバスの自治と特別な法的地位を地域住民の選挙で決める趣旨となっているが、すでに実質的にロシアが後ろ盾となっている親露派が地域代表勢力を構成しており、合意の趣旨とは裏腹に、ロシアへの編入も含めた実質的なドンバスの分離を引き起こす可能性が極めて高い。
ミンスク2合意は、こうした根本的な矛盾点を内在する構成であり、ロシアとの交渉を進展させるためには、ドンバスの問題だけではなく、クリミアのロシア海軍基地を含む黒海沿岸の安全保障問題を含めた協議を行う必要がある、そのように筆者は見ている。今週モスクワとウクライナ・キエフを訪れたフランス・マクロン大統領の記者会見の場での発言から、ロシアとの間ではノルマンディーフォーマットによるミンスク2合意の推進と並行して、ヨーロッパ安全保障の新たな形の模索を行っている趣旨の表現があり、そうした協議も試みられているように推測できる。
ノルマンディーフォーマットに関しては、現在ベルリンにロシア、ウクライナから関係者が入り実務協議が行われている。ミンスク2合意が根本的な問題を内在しているため、協議は難航が予想されるが、筆者としては前向きな話し合いとなることを強く願っている。
(Text written by Kimihiko Adachi)
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