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シンだいごろう

だいごろうは抱っこをしないと眠れない時がある。というか触れ合っていたいみたいで横になっている時も身体を包むように寄り添うとよく眠る。
しかしこちらも常に寄り添ってやれるわけではない。
それで仕方なくタオルをかけたり両手を握っているかのように当てがってフンイキを出して誤魔化す。よしと。ちゃんはちと便所へ行ってくる。

便所から戻るなり思った。「なんなんだこのロボットアームは!ちくしょーめ!誰がやりやがった!」

シンだいごろう

まるで改造人間と化しただいごろうじゃないか。シン仮面ライダーもまだ見てないのに、両手をマシンガンに変えられとる!
「シンだいごろう」の公開も間近みたいになっとる!

ふと我に返ってバカだなぁと省みて、いったい何をしてるんだ…せっかくだから写真に撮ってしまう。いや、その時その時は本当に最善だと思ってやっている。ネタじゃない。

多分子育ってこういう瞬間の連続で(多分ちげぇ)、この繰返しが俗にいう「向き合う」や「寄り添う」ってやつなんだろう(きっとちげぇ)。

通りすがりに生後間もない赤子を見た。なんだかすごく懐かしく思った。
あ〜だいごろうもあんな小さい時があったなと数ヶ月前がこんなにも懐かしくなるのか…そしてその赤ちゃんがすごく可愛らしく、抱きたいと思った。
だいごろうとも違う、あの生後間もないイキフン、何かがプンプンした感じ、ん〜どんなだったっけか?実感が遠い。

子育て経験のある方に「どんな感じでした?」と聞いたりすると、はて?と忘れていらっしゃる事が多くて「いや〜ど〜だったかなぁ?」と、私はその感じがすごく好きでステキだなぁと思う、「そんな細け〜こたぁあたしは忘れちまったよ〜」という感じが好きなのだ。
大変な時があったとしても忘れてしまうから、子供という存在をただ可愛く思うのだろうか。

だいごろうよりも小さい子を見て小さかった時を思うけど、もう戻れないその時を憂いているのに気がついて、私もみなさんのように他のお子さんを前にした時には昔話などに花を咲かせずに「忘れちまったよ〜、とにかくあんた可愛いね〜」と愛でるようにしたい

そうだ、便所に行きたいがために改造人間にしてしまった過去も忘れちゃうのだろうね、両手はちゃんと元に戻しておいた。

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