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愛する覚悟、傷つく覚悟、愛される覚悟をもって(不倫)

不倫のくせに偉そうなタイトルで殺されるかもしれません。

お久しぶりです。
前回の記事はかなり短く適当になってしまってすみません。
(しかも愚痴みたいな記事)

今回は愛する覚悟、傷つく覚悟、愛される覚悟という私の気持ちの揺れ動きを殴り書きのように書いていきたいとおもいます。


自分が目いっぱいの好意を相手に与えた分「返してほしい」と願うのはあたりまえのことかもしれません。

誰だって自分が好きになった分だけ、相手にも好きになってほしい。

けれど彼は現に私に対して「奥さんとは離婚しない」と言っているし
「好き」という気持ちに対して「ありがとう」でかわされるのも
私に期待させないためなのかな、とも思ってしまいます。

つまりは「愛されないんだろうな」って心の一番根の深い部分で感じています。


私には愛される覚悟がないのです。

そしてひとつ気づいたことがあって、私はとてもプライドが高いということ。


「私が好意を与えたんだから、返されてあたりまえ」と思っていることや「それゆえに人を愛して、傷つく覚悟もなかったこと」に気付きました。


いつも私は私が愛されることについて不安に思っているから何を言われても裏を探ろうとしてしまうし、
きっとなんの意味もないであろう長い既読無視の時間や連絡がとれない期間に異常なほど不安になってしまうのではないかと。

それくらいずっと心のどこかで「彼は私のこと好きじゃない」の思いが一番根強く・深いところにあることを自分で感じています。


好意を伝えることで重くとられて「もうやめよう」と言われるんじゃないかと、そんな恐怖心を感じています。


関係性の進展がない、と愚痴りましたが
まさに私にその「覚悟」がないからだと悟りました。


「大好き」とは言ってみるものの、果たしてそれはちゃんと心から伝えられた言葉だっただろうか。

どこか逃げの気持ちをもって後からでも「冗談だって」とごまかせるような心の準備をしていなかっただろか。

そしてそれに対して全くなんの返答がなかったとしても
「それでも大好き」と言える、傷つく覚悟はあっただろうか。

そしてなにより自分が自分を一番に愛し、
「私にも愛される権利がある」と堂々としていられるだろうか。


そんなことを最近感じたのです。

不倫だから後ろめたさは「持っていなくてはいけないもの」です。
けれどこの気持ちが本当に諦められないものならば
私がこんな中途半端なスタンスでいるようじゃ、そりゃ「叶えちゃいけない恋」にもなるわな、と。


不倫に本気で向き合ってみます。
というかこの気持ちに本気で向き合ってみます。


傷つく人がいるのはわかっている。
うしろめたいことをしているのも分かっている。


けれどどうしようもないこの気持ちに向き合って
全力で相手にぶつかって

玉砕するならそのあとがいいです。
(本当にクズでごめんなさい)


そのときまで、絶対に誰にも気づかれちゃいけない。



私と相手だけのやり取りで

どこまで前にすすめられるか
どこまで後ろに下がれるか。


愛する覚悟、傷つく覚悟、愛される覚悟をもって、
今年は「この場所」から少しでも動ける年にしたいと思って。



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