戦う女になりたかったのかな
虎に翼を見てて改めて思う。
私は戦う女になりたかったし、その期待に応えたかった
寿退社が当然の時代に産後2か月で子どもを置いて社会復帰した母。
何千人と社員がいる中で女性2人目だったらしい。
母は仕事がすきだった。
義両親との距離感などもあったと思うが
そんな母のもとに育って、ニュースキャスターになったら?と言われたことがある。
私はそのことが忘れられない
母がそれを言ったのは一度きりで、他愛もない会話の中での発言だった。
多分本人は覚えてないだろう。
そのころから私は、母から強く賢く育ってほしいメッセージを感じていた
だからそれなりに勉強した
正義感も強かったし、乱暴者が大嫌いだった。
でも、そのまま大人になることはできなかった。
反抗期が長かったし、その間勉強の重要性はわからなくて、
未来を逆算するようなしたたかさもなかった。
そして、当時の自分への評価である賢さは
本当に田舎の一部でしか通用しないもので
賢くて強い人はいくらでもいると知った。
その中で、自分は努力しないと結果が出ない人間だった
そんなに能力は高くない
持ち合わせた多少の能力と、あとは努力の時間が無いと賢い人と対等ではいられない
その中で精一杯自己実現をしたくて、
自立した仕事をしたくて、
全国転勤アリの総合職を選んだ
男性との差なんて無いと思ったし、どんどん退職していく男性の同期を見て
勤続年数の増える自分を得意に感じていた
その裏で「苦しい」と思う自分の気持ちをおざなりにしていた
女性の家庭との両立に理解の無い時代に、
なんとしてでも仕事を続けて勤め上げた母と、定年退職まで生え抜きで仕事をした父のもとに育った私は
時代が変わっているのに「その場に居続ける」ことに一番の価値を置いていた
「何回やっても慣れない、辛い」
「なんでそんなに人のことが気になるんだろう」
「運を削って結果が出ている気がする」
自分の本心と相反する日々を送っていたことは入社数年で気付いていたのに。
私は戦える女じゃない。
決裁権を持てる女じゃない。
あまり認めたくなかったけど
人のサポートの方が得意だ。(一方から見れば長所なのにね)
自分が拒んでいた、望まれないと思っていた、
女性性と親和性が高いと言われているようなサポート業務で
誰かが喜んでくれるのがうれしい。
体力も無い。
生理も重い。
それが心身の本音。
かっこいい女になりたかった。
今でも賢い女性にはあこがれる。
でもかっこいい女=仕事をバリバリして男性と同等に結果を出す女性っていう方程式自体が正しいのか?
女性活躍を促すことで利益をもたらすような人々が生み出したイメージに乗せられている部分もある
もっと早く本音に気づいて方向転換したかったけど
燃え尽きるまで働いた自分のガッツと継続力は褒めたい。
これからどうしていくんだろう
とりあえず、自分は戦える女じゃない
戦うために誰かの考えを捻じ曲げたり傷つけたくない。
それを気にしない自分ではいられない
体力もない。
戦う女になりたかった。でもできない。
能力的にも、性格的にも、体力的にも。
「ない」を外した、「ある」の中で生きていきたい。