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強いぞ、恐竜打線

 中日と大洋。共にチーム打率2割6分5厘を誇る攻撃的な打線を売りにするが、好投手の投げ合いになるとそう簡単に点が入らないものだ。

 この日の両軍先発は三沢淳と平松政次。とりわけ平松は今季このカード初先発とあって気迫満点。右打者にはスライダー、左打者にはカミソリシュートが冴え渡り、ランナーこそ出すものの要所を締めるピッチングで中日打線を翻弄した。

 三沢も負けず劣らずの力投で5回まで1安打ピッチングを続けていたが、6回表に伏兵の福島にソロ本塁打を浴びて先に失点。2死からカーブで泳がせながらも、フラフラっと上がって左翼席に落ちる、もったいなさの残る一発だった。

 まだ1点ーーと言いたいところだが、平松の好調ぶりを見るにチャンスはそう多くはやってこない。そう直感した井上コーチはその裏の攻撃前、ベンチ前に全員を集めてこう呼びかけた。

「とにかくポイントを絞れ。平松めがけて弾き返せ。内角を待っていても、きょうの平松では、いつ来るか知れたものじゃない。日が暮れてしまうぞ」

 井上コーチによる発破が効いたのか、中日はすかさず反撃して同点に追いついた。四球(井上)、盗塁、タイムリー(木俣)という効率的な攻撃。今年の中日はたとえ劣勢に立たされようと、少ないチャンスを確実にモノにする。その中心にいるのは他でもない木俣である。目下リーディングヒッター。高いアベレージで推移する木俣の勢いに乗じるかのように前後を打つ選手も気持ちよくスイングができる。木俣を起点にして相乗効果が生まれるのだ。

 王や田淵のような本格派スラッガー不在の中日はどのみち全員野球で泥臭く得点するしかないわけだが、本来は守備の要であるキャッチャーがセ・リーグの誰よりもヒットを飛ばすのだから、自ずと打線全体の厚みも増すというもの。とにかく打線に切れ目がなく、最後まで何が起こるか分からないという期待感も持てる。

 この日もそうだ。雨が降ったりやんだりの中日球場で健気に声援を送るファンが報われたのは、同点で迎えた8回裏のことだった。

 無死から高木守が四球で歩くと、2番谷木は定石通りバントの構え。しかし二つファウルにしてしまい、カウント2ー2。内角に弱い谷木だから必殺のカミソリシュートで打ち取れたろうが、平松が投じたのはカーブ。しかもストライクを取りにいった分、コースが甘くなった。これを谷木がセンターに弾き返して一、三塁。死球やフルカウントになるのを恐れた平松のわずかな心の隙を見逃さなかった。

「専門のバントをしくじっちゃあ、しょうがない。バント失敗の罰金? 追って沙汰があるでしょう。かっこ悪いから何卒ご内聞に」。こう言って反省しつつ、表情は明るい。自他ともに認める “バント屋” だが、なんと打率は3割超。決して小技だけではない。十分スタメン打者の務めを果たしているのだ。

 さて、井上倒れて打席には4番マーチン。マウンドの平松のところに内野手が集まった。歩かせるかどうかの話し合いだろう。しかしマーチンは「敬遠はない」と確信していた。というのも、6回の打席で容易にスイングアウトを喫しており、平松にとって打ち取りやすい打者だと思われてもおかしくなかったからだ。

 そしてもう一つ、「満塁にしたら、後ろに木俣がいるじゃないか」。だから必ず平松は自分と勝負してくる。果たして大洋バッテリーの思惑を見透かしたマーチンは右前に勝ち越し打を放ち、さらに6番谷沢にもダメ押しの3ランが飛び出して勝負あり。好投していた平松を一気に叩き潰した。

 打線が文字通り “線” になった。新聞には「恐竜打線」の見出しが踊る。キーマンは好調の木俣。その前後をマーチン、谷沢が打つ打線は相手からみれば脅威そのものだろう。

「みんなよく打った。木俣なんかバットを折ってタイムリー。たまげたよ。四球の高木守、谷木も、マーチンも、谷沢もみんな言うことないね」

 喜色満面の与那嶺監督とは好対照に、落胆の色を隠せないのは宮崎監督。「マーチンを歩かせたら大量点のピンチを作るだけだからなあ。それにしても外野フライぐらいならなあ」。先日、オールスターまでに勝率5割復帰を目指すと決意表明した矢先、主砲ボイヤーが東京・麻布の路上で転倒し、右手人差し指の爪を負傷。この日も打率1割台の松岡が代役として三塁についたが、どうにも迫力不足は否めない。

 梅雨明けも間近を迎え、49年度ペナントレースもそろそろ「3強・3弱」がはっきりしてきた感じだ。

中5-1洋
(1974.7.13)

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