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ダメのダメ押し

 悲劇的な幕切れから一夜明け、追い討ちをかけるような悲報が試合前の中日ベンチに駆け巡った。攻守の要である高木守道が、前日の自打球の影響で欠場を余儀なくされたのだ。ここまで打率こそ2割5分台と振るわないが、6月28日の逆転サヨナラ弾を初めとした印象に残る一打でチームを牽引。また守備走塁面でも特筆すべきセンスをみせる高木の欠場は、傷心のチームにあって最も避けたかった事態であろう。

 今月初めまで首位をひた走っていた阪神が急失速したのは、内野陣のリーダー藤田平の故障離脱が主要因だと囁かれている。頼りになるベテランの存在は、数字に表れない部分でも有形無形の貢献があるということだ。中日の場合、その役割を担うのが投手陣なら星野仙、そして野手陣は高木なのだ。

 幸い重症ではないため1週間ほどで復帰できる見込みだが、如何せんタイミングが悪すぎる。ある意味で今季最悪とも言える敗北を喫した翌日の離脱。痛し痒しどころの騒ぎではない、ヘタすれば致命傷になりかねないほどの戦力ダウンである。

 この危機をいかにして乗り越えるのか。中日の底力が試される1週間が始まった。

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 連日5万人動員の大盛況に沸いた後楽園から南西へ向かうこと約25キロ。我が国の高度成長を支えた京浜工業地帯で煌々とカクテル光線を放つ川崎球場は、2リーグ制後のプロ野球の最少入場者数である「100人」を何度か記録するなど、閑古鳥の鳴くスタジアムとして知られる。収容2万7千人程度に対して、この日の公称入場者数は8千人。つまり3分の2以上が空席というわけだ。

 心配されたのが中日ナインのメンタルに及ぼす影響である。全国的な注目を集める華々しい舞台での死闘を終え、一日と置かずに今度はセ・リーグで最も侘しい球場に移動してきたのだ。プロとしてあるまじきことだが、一種の “腑抜けた” ような状態になっても何ら不思議ではない。前日までの白熱ぶりが嘘のように、コロリと負けてしまうのではないか? そんな心配が試合前のネット裏ではちらほらと聞こえてきた。

 ただ、結果的には取り越し苦労だった。まずは2回1死、四球で出た谷沢を一塁に置いて大島康徳が山下律の4球目を左翼スタンドにライナーの先制2ラン。後半戦は島谷の復帰でめっきり控えに回ることが多かったが、高木の欠場で久々におとずれたチャンスを一発でモノにした。

 大島はその後も二塁打、シングルと今季初めての猛打賞を記録。「いや、スタメンでも控えでもいつも僕は張り切ってますよ」と爽やかな笑顔を振りまいた。

 さらに4回表は島谷のタイムリー、代わった間柴から谷木が2ランを打って4点を追加。試合前半で早々と勝負を決めてしまった。その間、大洋は4回裏に江尻のソロ、5回裏は押し出し四球で2点を返したが、7回表に中日打線が爆発。

 島谷の3ランを含む5安打で一挙6得点のビッグイニングを作り、終わってみれば4発含む11安打、そして安打の数を上回る13得点の豪打で大洋投手陣を粉砕した。

 巨人3連戦に負け越したのは23安打でわずか6点、計9併殺の拙攻が原因だった。この日は一転して効率的な攻撃をみせ、与那嶺監督も「こんな試合をこれからもちょいちょいやりたいものです」と平静を装いつつもニヤつきを抑えられない様子。

 とりわけ抜擢に応えた大島、そして記念すべきプロ初本塁打を打った三好真一ら若い力の躍動は、高木不在の今だからこそ価値がある。

 プロ入り6年目での初アーチ、初打点は左中間スタンドへの見事な一発だった。「いつも守備要員でしょ。だから金属バットしか持ってきてない。藤波さんに拝借したバットが良かったかな。手応えは十分でしたよ」と三好。8回表、ダメのダメを押すトドメの一撃となった。

 ベテランを若手が支え、若手にはベテランが手を貸すーー頼みの高木がいない残暑の始まり。負ければズルズルと行きそうな中で若手が危機を救ったこの勝利は、単なる1勝以上の重みがある。

「どうです。まだうちはこれからやるよ。2ゲーム半。優勝争いはこの調子でくっついていったらきっとチャンスが来る」。24時間前の放心状態から打って変わって、表情に張りツヤの戻った指揮官であった。

洋5-13中
(1974.8.30)

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