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不快指数100

 41安打10ホーマー32得点ーー驚くなかれ、大洋打線はこの三日間だけでこれだけのバカ当たりを叩き出したのだ。不快指数80(名古屋地方気象台調べ)のジメついた中日球場で、見るも無惨に打ち込まれた中日の投手たち。

 おとといは5人、昨日は4人の投手をつぎ込んだが、この日は「代えるだけムダ」とばかりに渋谷、三沢、鈴木孝の3人で9イニングを消化した。うち7イニングは渋谷が4回、三沢が3回を投げ、そろって5失点。本来ならローテの軸を担うべき二人がコテンパンにやられてしまったのだから、「何も話すことはない。今日はコメントを勘弁してください」と指揮官が足早に監督室へと引っ込んだのも無理はない。

 それにしても大洋打線の勢いが凄まじい。まず1回表、松原の犠飛で3試合連続の初回得点を挙げると、逆転を許した直後の2回表にボイヤーが追撃の13号ソロ。さらに4回表、“ポパイ” 長田の代打逆転3ランでいとも簡単にビハインドを跳ね返してしまう。5回表には代わった三沢を襲い、江尻、シピンのヒットのあと、江藤が中越え3ラン。傷心の竜には、もはやクジラを止める手立てはなかった。

「ここはうちの庭みたいなもの。ファンの温かい声援と拍手がワッとくるから、こっちも気分が乗るわな。それに今日はスタンドに娘がいるんで、いいとこ見せんと」(江藤)

 いくら古巣とはいえ、敵の “大将” に「庭」呼ばわりされているようでは情けない。その江藤は7回表にも2打席連発を打ち、3安打5打点と大暴れ。しまいには「中日のピッチャーは少し硬うなっとるなあ」と心配までされる始末だ。

 この日の大洋スタメンは平均年齢32.7歳とベテラン揃いで、値千金の本塁打を打った二人も長田35歳、江藤36歳。年齢を感じさせない活躍は、ある意味で夏場の戦い方を知るベテランらしい “味” と言えるのかもしれない。

 一方で、水原監督の頃に若返りを図った中日は、まだまだ成長途上のひよっ子チームだ。体力的に厳しいこの時期をいかに凌ぐべきか、熟知しているのは高木守、木俣くらいしか見当たらない。

 このままでは前半戦を首位で折り返しながら、8月にバテて優勝戦線から脱落した昨年の二の舞となるのは必至。いや、この3試合だけ見れば優勝戦線はおろか、勝率五割を守れるのかも怪しくなってきた。

 つい二日前まで「さあ首位奪取だ」と勇み立っていたのがウソのような惨敗に次ぐ惨敗。今季初の同一カード3連敗が、よりによってこのタイミングで出てしまうとはーー。

 スタンドからはイニングを追うごとに激しい野次が高まっていった。ファンだって、何も選手が憎くてやっているわけではない。中日はこんなもんじゃないはずなのに、一体何をやってるんだ!  そんな悔しさ、やるせなさが、つい言葉になって出てしまうのだ。

「大洋はいまバカ当たり。その力に圧倒されてしまったんです。心配なのはうちの投手がこれで自信をなくすことだ。技術的なものなら練習で補えますが、精神的なものはそうはいきませんからね」

 監督に代わってマスコミ対応した近藤コーチも、本心では逃げ出したい気分だったに違いない。開幕前、中日の下馬評は「投高打低」だったのだ。それがまるっきり真逆になっているわけで、投手陣を預かる近藤コーチは相当ストレスを抱えていてもおかしくはない。

 15失点を喫したおとといは、試合途中にコーチ室に隠れてしまい、投手交代指示を監督に丸投げ。「投手のことは全て近藤さんに任せている」(与那嶺監督)と全幅の信頼を寄せられている近藤コーチだが、ここにきて記者相手に苦悩を吐露することが増えているのも気がかりだ。

 まさに非常事態。この世の終わりのような暗いムードのロッカールームで、ただ一人余裕の笑みを浮かべる者がいた。

「こんな状態は長続きはせんよ」

 松本が、渋谷が、三沢が……なす術もなくクジラの餌食になる中で、この男、星野仙一には最後までお呼びがかかることはなかった。言い換えれば、星野仙だけは全くの無傷で済んだのだ。

 無傷であれば近藤コーチの言うような自信喪失も関係ない。意気消沈するナインをよそに、まるで他人事のようにニッコリ笑った表情が、やけに頼もしかった。

中4ー10洋
(1974.8.1)

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