若竜よ、嵐を起こせ
ちょうど1ヶ月前、セ・リーグの頂上で我が世の春を謳歌していたのは阪神だった。ところが藤田の離脱と共に打線のつながりが途絶え、そこから投打のバランスが崩れると一気に転落。代わって巨人が破竹の10連勝で首位へと躍り出ると、阪神、中日との直接対決も3勝1敗(中止2)と卒なく勝ち越してV10への弾みをつけた。どこぞの大予言ではないが、まさに天変地異が起きたような夏だった。
仮に優勝ラインを「69勝」に設定した場合、首位巨人は残り36試合を18勝18敗、勝率5割で到達する。対する中日は残り37試合を20勝17敗、勝率5割4分1厘。厳しい数字に思えるが、現在の勝率(5割5分8厘)よりも少し緩やかなペースで到達可能なので、十分あり得る数字だ。
一方、阪神は残り35試合を21勝14敗、勝率6割2分8厘のハイペースが最低条件であり、当然ながら巨人と中日が69勝を上回るペースで勝った場合、阪神のハードルはさらに高くなる。事実上望みは絶たれたと言っても差し支えないだろう。
つまり残暑の候を迎え、今年度ペナントレースの覇者は巨人、中日のいずれかに絞られたというわけだ。追いかける中日にとって、とにかく避けたいのが下位球団からの取りこぼしである。特に今季ここまで互角の戦い(8勝8敗)が続く大洋戦は要注意。昨夜は今季初の二桁得点と大勝したが、打ちまくった翌日にあっさりと負けるのはよくある話だ。
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昨日より少ない7千人の観衆の前で、試合を優位に進めたのは大洋だった。1点ビハインドの4回裏、先発の稲葉は松原四球のあと江藤の右前打で1死一、三塁のピンチを背負うと、続くボイヤーの風に煽られたフライを大島が捕れずにポトリ(記録は安打)。松原が生還し、稲葉はアンラッキーな2失点目を喫した。
対する中日は4回まで竹内の前に1安打、1四球に抑え込まれていた。淡々と凡打の山を築き、言葉にはせずとも中日ベンチには嫌な空気がたちこめていた。どんなに調子のいいチームにも、時として貧打に取り憑かれたような試合があるものだ。去年までの中日なら、このまま無抵抗で終わっていたかもしれない。
だが5回表、眠っていた恐竜打線が突如として牙を剥いた。先頭の谷沢が火の出るような当たりで一塁線を破ると、大島、島谷の連続短長打で反撃。9番稲葉に代えて送り出した藤波がバットを折りながら中前へ運び、同点に追いつくと、さらに2番木俣に勝ち越しタイムリーが飛び出し、この回一挙3得点。一時期の “逆転ぐせ” を思わせる猛攻で大洋に襲いかかったのだ。
特筆すべきは藤波を代打に出したシーンだ。この日の稲葉は調子が悪いわけではなく、イニングが浅いことを考えれば続投でも不思議ではなかった。ところがベンチは稲葉交代を即断した。攻撃の兼ね合いとはいえ、チームの勝利優先で非情に徹するあたり、いよいよ指揮官の目の色が変わってきたのを感じる。
5回裏はワンポイントの水谷が1死を取ると、ベンチは竹田をリリーフに指名した。前回このカードでプロ初勝利を飾った竹田は、強力打線に対しても自慢の真っ直ぐをガンガン投げ込んだ。6回裏には四球で許したランナーを牽制で殺すおまけ付き。「右の鈴木、左の竹田。リーグ随一かどうかは知らないが、速いことは確かだ」(江崎スコアラー)というスピードボールが、クジラ軍団をなぎ倒していく。
そうこうするうちに台風16号接近に伴う分厚い雨雲が球場上空を覆い始めていた。激しい雨が降ってきたのは中日3点リードで迎えた7回裏。竹田が大洋を三者凡退に切った直後のことだった。試合は中断し、グラウンドには手際よくビニールシートが敷かれた。この光景をベンチから眺めながら、竹田は祈るような気持ちでコールドゲームになるのを待ち侘びていた。
ーー中断から39分が経った時、ようやく審判団から「ゲーム!」(試合終了の号令)の一声が挙がった。その途端、竹田は「勝ったぞ!」と大声で叫んだ。打者8人に対してノーヒット、1四球の好投で2勝目を記録したのだ。
「この前は2回⅓です。⅓だけ進歩したわけですね。もっと投げたかったか? とんでもない。コールドゲーム大歓迎ですよ」。ふちなしメガネの下の目尻は下がりっぱなしだ。
思いきって起用した近藤コーチも喜びを隠せない。「あのスピードは超一流。変化球が無くたって通用するんだから、登板経験が増えればいよいよ自信がつく。今の時期にピシャリと抑えるリリーフが一枚できたことは大助かりですよ」。
投げては竹田、打っては藤波という若手の躍動が昨日に続いてチームを盛り上げた。たった1ヶ月の間で見違えるように強くなった中日が、9月のセ・リーグに嵐を巻き起こすに違いない。
洋2ー5中
(1974.8.31)
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