『よりみち』
人の名前には、その者が歩む人生の主題が含まれているという。その人にしかない輝き、方向性、大切なこと。そして迷った時こそ、自分の名前に立ち返るんだよ、とまあちゃんは言った。
広い夜空の空間に、一つまた一つと光を見つける度に、なぜだか胸がちくちくと痛む。たくさんの幸せみたいなものが詰め込まれているはずのこの街路樹も、子どもの瞳の輝きも、なんだか眩し過ぎた。
地下へ下っていくと広がる青い大海の隣に、その物体はいた。それは形というより、気体のような風体で、白と黒の輪っかを周囲にまとっていた。
ガラス扉に入りきれずに、挟まっている。私は前にも進めず困ったため、その物体に「どうしたんですか?」と声を掛けた。
すると彼は「私?私は一杯やろうと立ち寄ったしがない土星です。初めてのバーで、戸惑っていましてね。良かったら、一緒に入って頂けないでしょうか」
目の前にいたそれは、確かに土星だった。
まあちゃんはこうも言った。「自分の勘を信じること。心の奥ですべき事は全て知っている」
私は扉を開けて中へ顔を突っ込むと、「こちらの土星も、入店していいですか」と声をかけた。
地球を離れて一日半が経っていた。赤色の惑星、火星へ到着するまではあと一日かかる。ドクターホーネルは洋一に二つの提案をしていた。宇宙空間を含む全ての闇の中で、進んでいるのか進んでいないのか分からなくなったら、自分らしいと思うものを一つ選びなさいと。そう言って渡された本の中には、様々な角度から描かれた土星のデザインや絵、花やキャベツの写真が納められていた。
「なぜ人は、宇宙に向かって行くのでしょう」と、テレビのコメンテーターは話を振った。
「我々はどうして地球に存在しているのかを、知らないからではないでしょうか」そう答えたのは、1週間間に収録された映像で、洋一は血色も良く、色白のふっくらとした肌が印象的な青年に映っていた。
地に足を着けて現実を歩む者と、夢や意識の中で世界を創造している者がいる。前者は社会に適合しているように見えるが、後者はこれといった証明もなく、自分が何者なのかを示すことができないというのが、長い間、洋一を苦しめてきた問題だった。
窓ガラスに映る自分の顔越しに漆黒の闇を見つめた。遠ざかれば遠ざかほど、見えてくるのは自分の内側に詰め込まれた恥や垢の顔ばかりだ、と彼は思った。
古いタイプのロボットに見せかけた新種の人間がたくさん生存する惑星へ私は行くのだろうか?とドクターホーネルは顕微鏡を覗きながら思った。
「原子構造の全てが変化しているんです。つまり、体験する場が異なってくるんですよね。地球は唯一の、愛を体験できる惑星だとしたら、あなたも遊びに来たいですか?」
まあちゃんは帰り道で土星に一通のメールを送った。暗い寄り道の真ん中で、火星が紅く灯っている。