見出し画像

【立憲民主党の方向性を探る】その1「永田メール問題」のトラウマ

【はじめに】

2021年11月2日、立憲民主党の「枝野幸男」代表が辞任を表明しました。
10月31日に投開票が行われた衆議院選挙での議席減の責任を取る形での辞任でした。

これを受けて立憲民主党の新代表を決める代表選挙が、11月19日公示、11月30日投開票の日程で行われることとなり、「逢坂誠二」元首相補佐官、「小川淳也」元総務政務官、「泉健太」政調会長、「西村智奈美」元厚生労働副大臣の4氏が立候補しました。

今回の衆議院選挙は政府のコロナ対応への批判もあって、与党にとっては「向かい風」、野党にとっては「追い風」の選挙となりました。
一時は「政権交代」も予想されましたが、結果は「選挙前から13議席減」という惨敗。
この結果では、次期代表はどなたが当選されても「路線の見直し」を迫られると思います。

私も立憲民主党は単なる「野党」だけでなく「次の与党」であって欲しいと願っています。
そこで、そのための「方向性」にはどのようなものがあるか探ってみました。

私は「党員」でも「サポーター」でもない一素人なので「よけいなお世話」になるかもしれませんが、同じような問題意識を持っている方に読んでいただき、なにかご意見をいただければありがたいと思います。

【「責任野党構想」の提唱】

立憲民主党の今後の方向性として泉政調会長は以下のように語っています。
『政権与党にただアドバイス的に提案するのであれば、与党のシンクタンクでしかなく望ましいとは思わない』
『新自由主義や外交安全保障、社会保障などの考え方について、与党との違いを国民に明確に分かってもらえる論戦をしていくのが大事だ』

これは確かに泉政調会長の仰る通りですね。

「政策提案型の野党」を目指す動きとしては「日本維新の会」や「国民民主党」の動きがあります。
特に国民民主党の「玉木雄一郎」代表は国会運営で立憲民主党などと距離を取り、維新との連携を模索していくようです。

国民民主党は立憲民主党と比べると小さい政党であり「あれもこれも」と手を出すことは無理があります。
なので「政策提案型」に特化し、自分たちの政策を少しでも与党に反映させようとする方向性はありだと思います。
政党にも「多様性」があって然るべきと感じます。

しかし野党第一党であり、政権交代で「次の与党」を目指す立憲民主党には物足りない方向性だと思います。
やはり野党の役目(権力監視)を果たしつつ、「外交」「安全保障」「社会保障」などについて与党とは違う考え方を明確に打ち出せる方向性が必要と感じます。

では、具体的にどのような方向性があるのか?

これについては、元検事で「コンプライアンスに強い弁護士」として知られる「郷原信郎」氏が提唱されている『責任野党構想』が参考になると思います。

「責任野党構想」とは何か?
郷原氏によると、以下のようなコンセプトの政党ですね。

国政に関連する「調査」「政策立案」「国会質問・追及」などあらゆる面で「責任」を果たし得る真の責任野党

具体的には以下の画像のようなことを行っていく政党です。

責任野党の提言1

これは確かに合理的だと思います。
特に「事実調査能力の向上」は必須だと感じます。

1)個々のテーマ・案件ごとに「主任議員」とサポートする「応援議員」の双方からなるチームを組織し、チームプレーによって政策立案、追及調査を行う「主任議員制」を導入
2)重要な政策に関して、実務経験が豊富な関係者の「手弁当政策スタッフ」を募集して政策立案に参画させ、各分野の実情に即した政策の素案を作成することを検討する
3)政権追及のための調査に関して、関係者からの情報提供を受け「情報提供者の秘匿」「不利益防止」を図りつつ活用するスキームを具体化し、公益通報的な情報提供を広く呼びかける
4)国会の場で責任野党に相応しい質問・追及を行っていくために、いかなる根拠に基づいてどの程度の追及が可能なのか、どのような発言であれば適切かつ効果的と言えるのか、チーム内で十分な議論と検証を行いつつノウハウを蓄積し、質問のレベルを向上させていく

これらのことが実現できれば、「野党としての責任」を果たすと同時に「次の与党」としての政策立案能力も向上すると思われます。

この「責任野党構想」は2006年の「永田メール問題」の際に、民主党(当時)の「仙谷由人」政調会長からの依頼で郷原氏たちがまとめた提言です。
郷原氏は『危機に直面した民主党が「責任野党」として生まれ変わり、政権交代可能な「二大政党」の一つとなって、その後に政権を担うことを期待して』レポートを提出したそうです。

ここで、この提言の発端となった「永田メール問題」を振り返ってみましょう。

【「永田メール問題」を振り返る】

「永田メール問題」とは、2006年の第164回通常国会で民主党の「永田寿康(ながたひさやす)」衆議院議員が、ライブドア元社長「堀江貴文」氏の「不正献金疑惑」を追及した件を指します。

堀江貴文氏は前年2005年8月の衆議院選挙(郵政選挙)において、広島6区から「無所属」で立候補していました。
堀江氏の立候補は小泉首相の郵政民営化に賛成しなかった亀井静香氏への「刺客」と見られていました。

堀江氏の応援には自民党の「武部勤」幹事長や「竹中平蔵」経済担当相などが駆けつけました。
特に武部幹事長は堀江氏のことを『我が弟です、息子です』と発言するほどの熱の入れようでした。

しかし選挙結果は堀江氏の落選。
堀江氏はその後「証券取引法違反容疑(ライブドア事件)」により、2006年1月に逮捕されています。

永田議員は2006年2月16日『堀江氏が自らの衆院選出馬に関して、武部幹事長の次男に対して「選挙コンサルタント費用」として3,000万円の振込みを指示した電子メールを入手した』として与党を追及しました。
『堀江氏が武部幹事長に「裏金」を渡して衆院選で自民党に応援させた』
『武部幹事長と自民党は堀江氏に「カネで魂を売った」』と追求したわけですね。

この「疑惑」に関して武部幹事長や小泉首相は完全否定、ライブドア側やライブドア事件を捜査していた東京地検も証拠となるメールの存在を否定します。
しかし永田議員と「野田佳彦」民主党国対委員長は「メールの写し」を公表し「国政調査権の発動(証人喚問)」についても言及して与党に同意を迫ります。

公表されたメールの写しは以下のような疑問点が指摘され、信憑性が疑われていました。

堀江メールの疑問点

それでも「前原誠司」民主党代表は2月22日の党首討論において疑惑解明を迫りますが、小泉首相に拒否されます。
翌2月23日、永田議員は辞任の意向を示しますが「鳩山由紀夫」民主党幹事長は一端保留。
2月27日には証拠とされたメールは「送受信が同一のメールアドレスである」ことが判明。(つまり「自作自演」だった)
翌2月28日に永田議員は『証拠として信頼性が不十分なメールを提示して国会審議を混乱させ、関係者に迷惑を掛けた』と謝罪します。
しかし『まだ疑惑は残っている』として追求をあきらめませんでした。

3月2日に永田議員は『メールは誤りだった』と述べて一連の疑惑追及の非を認めますが、時すでに遅く「懲罰委員会」で審査されることとなります。
日本国憲法51条には以下のような規定があります。

両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問われない

国会議員は、国会での質問等で誰かの名誉を傷つけても「名誉毀損罪」で処罰されたり「損害賠償請求」されたりすることはありません。
これは追求される側が名誉毀損などをちらつかせて追求する側を威嚇するのを防ぐための規定ですが、だからといって国会で何を言っても良いわけではありません。
日本国憲法58条では『院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる』と規定されていて、懲罰委員会に付された議員は最悪「失職」する恐れがあります。

懲罰委員会で永田議員は一転して辞職を拒否、証拠となった「メールの仲介者」を明かすことも拒否します。
しかし同じメールは自民党議員も入手しており、仲介者の身元も公開していました。
3月24日、永田議員は仲介者を明らかにして『自分は仲介者に騙された』と釈明し、仲介者の証人喚問が決まります。

3月31日、前原代表が責任を取る形で代表を辞任、同日永田議員も責任を取って議員を辞職。
鳩山幹事長や野田国対委員長も辞任し、民主党結党以来「最大の不祥事」となってしまいました。

永田議員は愛知県出身で当時36歳、東大工学部→大蔵官僚→UCLA留学という「エリートコース」を進んだ方でした。

2000年の第42回衆議院選挙で初当選、民主党若手のホープとして期待されていました。
国会では過激な言動から「平成の爆弾男」との異名をとり、「永田メール問題」以前にも4回の懲罰動議を受けています。
今で言えば日本維新の会の「足立康史」議員に近いイメージでしょうか?(因みに足立議員は懲罰動議6回)

「永田メール問題」は永田議員の「スタンドプレー」が引き起こしたという見方もありますが、永田議員の言うことを鵜呑みにしてまともにチェックしなかった民主党執行部の責任も問われました。

問題発覚後、民主党でも調査を実施。
メール仲介者と複数の民主党議員が関わっていたことが判明したため、前原代表と刺し違える形で永田議員を辞職させ強引に幕引きを図ったとも言われています。
その後、永田議員は議員資格だけでなく、職も家庭も、さらには命までも失ってしまいました・・・。

永田議員辞職後、前原、鳩山、野田議員らは民主党役員に復帰。
鳩山議員、野田議員は総理大臣にまで上り詰め、前原議員も外相、国交相を務めました。

「永田メール問題」は、結局永田議員のみが「貧乏くじ」を引かされる形で幕引きという、非常に「後味の悪い」事件になってしまいました・・・。

【「責任野党構想」その後】

郷原氏が「責任野党構想」を提出したのは仙谷由人議員でしたが、前原議員の後を継いで民主党代表となったのは「小沢一郎」議員でした。
仙谷議員は小沢代表の「政敵」だったので、仙谷議員主導の党改革=「責任野党構想」は退けられたと郷原氏は語っています。

その後2009年に民主党は与党となりましたが、東日本大震災への対応などで厳しい批判を受け、2012年に再び野党に転落。
「民進党」への党名変更、「希望の党」騒動などを経て、現在立憲民主党が野党第一党として政府・与党と対峙しています。
しかし、その姿は「責任野党」にはほど遠いと郷原氏は批判します。

「永田メール問題」以降、民主党は(民進党、立憲民主党も)各案件ごとに「調査・追求チーム」を結成して、国会や官僚ヒアリングで疑惑を追及してきました。
これは「個人のスタンドプレー」を防ぐ意味はありましたが、「事実調査能力の向上」にはほとんどつながらなかったと感じます。
2016年にそれを象徴するできごとがありました。

2016年5月の「伊勢志摩サミット」で安倍首相(当時)が『世界経済はリーマンショックの前と似た状況だ、政策的対応を誤ると危機に陥るリスクがある』との見解を示し、2017年4月の「消費税率10%への引き上げ先送り」を示唆しました。

この安倍首相の「リーマンショック前と似た状況」という見解が国内外から批判を呼びました。
サミット直前まで「アベノミクスは堅調」「世界経済はそこそこ安定した成長を維持している」という見解だったからです。

民進党(当時)は「サミット関連調査チーム」を立ち上げて安倍首相の見解を検証し会見を開きます。
しかし、そこで持ち出されたのはイギリスの高級紙「TIMES」に掲載されたという一枚の「風刺画」でした。

風刺画は葛飾北斎の名画「富嶽三十六景(神奈川沖波裏)」パロディで、大きな波を男性の大きな口に見立てて、G7首脳が乗ったボートを飲み込みそうになっている構図です。
首脳の吹き出しには「あのとてつもないバカからは逃げた方がいい」というセリフが書かれていました。

調査チームは風刺画について『大波に見立てられているのは安倍首相で、G7首脳が安倍首相の見解に呆れている』として安倍首相を批判します。
しかし同席していた官僚から即座にツッコミが入りました。
『安倍首相はボートに乗ってますよ』

それもそのはず、あの風刺画はイギリスのEU離脱「ブレグジット」を煽る「ボリス・ジョンソン」前ロンドン市長を風刺したものでした。
『ジョンソンが首相になったら世界中が大波を食らって大変だぞ』というような意味合いですね。

調査チームの会見は気まずい雰囲気になり、安倍首相を批判するどころではなくなりました。
結局、消費税率10%への引き上げは無事「2019年10月」まで延期されることになります。

しかもその直後にイギリスの国民投票で「ブレグジット」が認められ、世界経済が混乱に陥ります。
結果的に安倍首相の「消費税率引き上げ延期」は大正解でした。

調査チームはなぜこのような杜撰な追求を行ったのか?
調査チームの「山井和則」国対委員長代理は『外務官僚が否定しなかったので』と答えています。

つまり以下のようなやり取りだったと推測(妄想?)されます。

山:『ネットでこんなん見つけたで!これ安倍首相のことちゃうか?』
外:『えぇ、まあ・・・』
山:『ほーん、ええこと聞いたわ!ほな!』

そして会見で『安倍首相は世界中からバカにされているんです!(ドヤ)』
『な、なんだってー!(AA略)』とやりたかったのでしょうね・・・。

・・・もう言葉もないほどの杜撰さです。
これを個人でなく「党の看板を背負った」調査チームでやらかすとは・・・。
私は一連の経緯をリアルタイムで見ていましたが、『彼らには政治主導はムリだ、二度と「政治主導」などと口にしないで欲しい』と強く思いました。

因みにこの時の調査チームには、現国民民主党代表の玉木雄一郎議員もいました。
玉木さん・・・本当に「対決より解決」路線に行って正解でしたね。

【今も残る「トラウマ」】

民進党の「サミット関連調査チーム」を見る限り、「永田メール問題」の教訓は活かされてないと感じます。
いや、教訓は「斜め上」に活かされたと思います。

彼らは教訓を活かし「追求ネタ」を怪しげな仲介者から買わないようになりました。
仲介者から追求ネタを買い、その仲介者が怪しげな人物だったことが永田議員とって文字通り「命取り」になったからです。

そして立憲民主党になってさらに「進化」しました。
追求ネタを「新聞」や「週刊誌」の記事から持ってくるようになります。
これならプロの記者が書いているので一応の正確性は担保できますし、間違っていても『記事が悪い』と言い張れます。

しかし自分たちで調査しないので、ピントの外れた的を得ない質問になっているのではと感じます。
それを象徴するのが2020年10月の「GoToキャンペーン事務局の日当問題」と思います。

記事にある通り、追求の本命は「勤務実態がないのに日当を受け取っている」だと思いますが、野党合同ヒアリングでは「高額の日当」に目が向いています。
また「日当」と「人件費」の区別がついていなかったり、高度な技能を持つ人の相場を知らないようにも見受けられます。

そのため適切な質問ができず、官僚も何を聞かれているのか理解できないのであやふやな回答になり、コミュニケーションが成立していないと感じられます。
その上で『コミュニケーションが非常に難しい方なんです』と言われるのは、まさに「理不尽」「不条理」だと思います。

『自分で調査した結果もし間違っていたら永田議員の二の舞になる、党は守ってくれない』という永田メール問題の「トラウマ」が民主党の流れを組む議員には残っているのかもしれませんね。
このトラウマを克服して調査能力を向上させることが、「責任野党」への第一歩になると思います。

【結論 「責任野党」とは?】

郷原氏の提唱する「責任野党構想」を短くまとめると以下のようになると思います。

1)まず「野党の責任」を果たして下さい
2)そのためには「事実調査能力の向上」が不可欠です
3)事実調査能力が向上すれば、政策立案能力も向上して
 「次の与党」たりえます

立憲民主党が「野党」であり、同時に「次の与党」を目指すなら、この方向性を検討しても良いと思います。

長くなったので、後日「その2」を投稿します。