
親父の話(その1)
こんにちは、Jokerです。
今年の2月は寒いのやら暖かいのやら、不思議な感じです。
節分や春節祭のときは、ほんと、
「さっぶー!!」
っていうくらい、寒いもんなんですけどね。
さて、今回何を書こうかなと思ったんですけど、普通の大工さんが
すごく良い記事を書いてらして、お父様がまた良い感じの方だったので、
私も親父のことを書いてみようということになりました。
1.親父のこと
ネットの「良い親父の話」とか「うちのクソ親父の話」とか読むと、
単純に「良いなぁ。」って思います。
私には親父との思い出があまりないし、もっと言えば、これからも
親父との思い出は増えることがないからです。
2.親父との思い出
幼いころの思い出をつついてみても、親父が登場することはめちゃめちゃ
少ないですね。
意外と幼い記憶はあって、3歳くらいから自分が何者で、どういう立場にいるかわかってました。
親父は、大阪の本町らへんで、食品会社の社長をしていたそうなのですが、家に帰ってくるのが月に1回か2回しかなかったと思います。
お妾さんの子ども、とかではなかったのですが、おそらく他に女がいたんだと思います。
ときどき帰ってきたと思ったら、ごはんの食べ方が汚いとか、うるさいだの言われて、よく殴られて3mくらい吹っ飛んでた記憶があります。
あれ、結構ダメな親父だぞ、うちの親父。笑
3.幼少時代
そんな感じで、日々過ごしているうちに弟も生まれて、手狭になったマンションの1室から、一戸建てへと移りました。
そこは母方の祖父母の家、つまりは母の実家だったのですが、大阪市内、
庭だけで200坪ある豪邸でした。
あ、これはあくまでも、イメージです。笑
後に聞いた話だと、住んでたマンションも実は1棟まるまる、母方の家所有で、私、大家の孫だったわけです。
住人で、私のことを殴ってきた男の子がいる家庭が、次の月にいなくなっていたのは、そういうわけだったのかと、腑に落ちました。笑
じいちゃんち、でかいなーとは思ってたんですけど、うちの親父は玉の輿みたいな感じだったようです。
おかんよ、もっとええ奴選べよ。
まぁ、選んでたら私も弟も生まれてはないんですけどね。苦笑
3歳のころに引っ越して、小学校卒業くらいまで、
じっちゃまのお屋敷に住んでました。
バブルの頃だったのですが、私自身は幼かったし、そんなに贅沢した感覚はなかったのですが、いま思えば、何とか戦隊とかのおもちゃなんかは、いつも最新のものが家にあったし、ファミコンのゲームも、昔あった
「抱き合わせ販売w」
を物ともせず買ってくれたり、ミニ四駆のコース(延伸オプション付w)が庭に置いてあったりで。
習い事もけっこう、させられました。
ピアノと水泳、そろばんに公文、ゴルフもやってたな。。
ぼちぼち裕福な家庭だったかと思います。
4.親父との別れ
そして、小学校卒業前くらいかな、バブルがはじけました。
親父の会社も倒産して、抵当権が設定されていたじっちゃまのお屋敷も、
昔住んでいた1棟のマンションも全部、銀行に取られたわけです。
今ならわかる、あれは任売だと!!笑
惜しむらくは、じっちゃまの家の庭でした。
縁側で日向ぼっこしながら、ずっと本を読んでました。
大阪市内であんなに自然を感じられる家は、未だかつて出会ってないですね。
四季折々の花が咲いてて、鴬は来るわ、白ヘビさんは出るわ、
そうそう、モグラも出ましたよ。(瑕疵物件?w)
いまだに自分が不動産業に
— Joker (@Kilya_as_Joker) February 3, 2021
携わっていることに違和感がある。
10歳の時に家が銀行に持ってかれた。
家が『不動』産だなんて思ったことは、一度もない。
宅建も、おかんが受けるときに、
お前がまず取れと言われなきゃ、
取らなかった。
今となってはおかんに感謝です。
(おかんは落ちたw)
固定ツイの内容です。
ほんと、そのときはすごい喪失感でしたねー。
未だにどこかに穴が開いてて、空気が通り抜ける感じがする時があります。
そして、親父が消えました。
正確に言えば、おかんと離婚しました。
後から聞いた話だと、倒産して借金取りから逃げまくって、女のところに身を潜めてたみたいなんですけど、うちの方にも借金取りのにーちゃんが来るようになって、じっちゃまが、
「こら、あかん。捕まえてくるわ。」
と言い放ち、親父を見つけて首根っこ捕まえて、家に連れてきて、
離婚届に判を押させたそうな。
さすがじっちゃま、元大阪府警の機動隊員!笑
うちに来た借金取り(二人組)のこともよく覚えています。
ほんと、ミナミの帝王に出てきそうなチンピラでおもしろかったし、
意外と私には優しかったので。
学校から帰ると、いつも家の前で親父が帰ってこないか張っていて、
たまに話しかけてくるのです。
「お父ちゃん、最近いつ帰ってきた?」と。
私は素直に、「もう長いこと見てないわぁ。今までも月に1回くらいしか
帰ってなかったしなー。」というと、
「そうかぁ。ボンも辛いなぁ。でも、おっちゃんらも辛いねん。
辛いもんどうしやな!」と。
昔は昔で、なかなか味があるもんですね。(借金取りだけどw)
そんなこんなで、元からあまり関りがなかった父との縁ですが、
小学校卒業前くらいから、完全になくなりました。
ちゃんとした、お別れの挨拶とかもなかったなぁ。
そこから30年弱、親父とは会ってませんでした。
去年までは。
あんなことになってるなんて、思ってもみなかったのに。。
長くなったので、続きはまたの機会に。。笑
(余韻を残しつつ終わるのが、良いと聞きましたw)
ではでわ。その2をご期待ください。