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事故物件専門調査員桑津の管理ファイル【とあるマンションの話 ③】

後日、入居者の方(ここでは仮にSさんとする)と話ができる日を調整し、藤原さんとお話を伺うことになった。

当日、現地のお宅でお話をする、という予定だったが、当日になって、
「やっぱ無理。あそこには帰りたくない!」
とSさんが拒絶されたので、近くのカフェで話を聞くことになった。

藤原さんはご丁寧にも弊社の入っている民泊崩れのマンションの前まで車で迎えに来てくれていた。
道中、このマンションのことについて、いろいろ聞いてみた。
このマンションは施工前、土地を工場付きで仕入れた後、デベが解体工事を行ったとのこと。
その際に、作業員であったAさんが鉄骨の解体作業中、誤って危険区域に入ってしまったため、解体中に落ちてきた鉄骨に潰される形で死亡した。
なので、俺が事前に調べた情報は間違っていない。
この新町ローズタワーは「生まれながらにして事故物件」な運命にあったのだ。

しかしながら、その事故後に現場でAさんの霊を見たという事例は確認されなかったそうだ。
もちろんお祓いもし、遺族に対しての補償も終わっている。
逆に、Aさんの遺族は建築関係者だったらしく、
「自分の身内がこんな事故を起こしてしまって申し訳ない。」
というスタンスだったため、そこでトラブった記録もないとのこと。
怨霊でもないし、生霊でもなさそうだ。
やはり、ベランダに出る幽霊はAさんではないな、と俺は確信し始めていた。

「で、藤原さん。
 ほかに何か、思い当たること、ないですか?
 管理会社って建ってからの話ですから、
 噂レベルでもいいんですよ。
 もちろん他言しません。」

「うーん、そうですね。。
 これはほんとに噂レベルなんですが、
 実は解体時だけでなく、『建築中』にも、
 事故があったらしいのです。」

「え、建築中にも、ですか?
 それって新築の重説に書いてなかった 
 ですよね。」

「はい、記載はないです。
 建築中の事故なんてあってはならないこと
 ですが、まぁ、あるじゃないですか。
 軽いのはそこそこ。
 それも死亡事故ではないんです。
 けがをされた方がいるらしくて。」

「それだったら記載はないのもあり得ますね。
 心理的瑕疵に当たるとは言い難いレベルだと。
 ちなみにどれくらいのお怪我をされたのか
 はご存知ですか?」

「いえ、そこまでは・・」

「また、できる範囲でいいので建築会社に
 あたっていただけますか。
 恐らくですが、今回ベランダに出る方は、
 その方だと思います。」

「そ、そうなんですか!?
 まぁ桑津さんが言うなら、間違いない
 でしょう。
 わかりました!あとで連絡を取って
 みます!!」

えらい信用のされようやな。。
藤原さん、オカルト的な詐欺にあったらイチコロやろな。。

そうこうしているうちに新町ローズタワーのすぐ横にある、小洒落たカフェに着いた。
藤原さんは近くのパーキングに車を止めに行ったので、待っている間に新町ローズタワーを眺めていた。

「うーん、やっぱり見た感じ、どんちゃんの
 話を聞いて、浮かんできたイメージどおり
 やな。近くに川もある。
 6階の604っていうと・・・あそこやな。」

外から見た感じは何も感じない。普通のタワマンの低層階だ。
だいたいの物件なんて、そんなもんだ。
外観からヤバい事故物件などありはしない。
あったとしたら、大惨事が起きてる。

「お待たせしました!さぁ、行きましょう。
 テラスに座ってらっしゃるマダムが、
 Sさんです。」

おいおい、マダムて・・って思ってみると、ほんとにマダム風な女性がテラスに座りながら、紅茶を飲んではった。横にお子さんらしき男の子もいた。

「どうもー、〇〇管理の藤原でございます。
 そしてこちらの方が、こういう事故物件専門
 で調査をされていて、れっきとした宅地建物
 取引士としても営業されている桑津せ、
 もとい、桑津さんです。」

先生、って言いかけたが、よくぞ言いとどまった。許す。
ってか事故物件専門では、やってねーぞw
まぁ、最近そんなんばっかだけどさ・・。

「どうも、〇〇不動産の桑津と申します。
 今日は少しお話をさせて頂きたく、
 お時間を頂きました。
 よろしくお願いいたします。」

「どうもわざわざご足労くださってすみません。
 Sと申します。こっちは息子のリョータです。
 ほら桑津さんにご挨拶しなさい。」

「リョータです。こんにちは。」

「はい、リョータくん。賢いね。
 何歳かな?」

「リョータは4歳です。」

「そかそか、4歳か。
 おっちゃんの息子も4歳やねん。
 同じやね。上に、7歳のおねーちゃんも
 おるんやで。」

人の話を聞くには、まず自分の情報をフル開示する。
そうすると、相手にはそれに応えないといけないという圧が生じる。
返報性の原理ってやつね。
まぁ、フル開示っていうても言えるレベルやけどね。

ただ、このマダムにはあまり通じなさそうだ。
どんちゃんの情報では、北新地で「ママ」をやってる人らしい。
そら、そっちの方がおしゃべりのプロやからね。
藤原さんのマダムっぽいっていうのはそういう雰囲気からか。
そう思っていると、Sさんから切り出してくれた。

「桑津さん、今日はごめんなさい。
 せっかく家の方でお話するお約束を
 していたのに、私たち、どうしても
 あの家が怖くて。」

「いえいえ、お気持ちは理解できます。
 私も「視える」って言ってるんですが、実は
 お化けとか幽霊とか怖い方なんですよ。
 しかも未だに「信じていない」のです。」

「信じていない、のに視えるのですか?」

「はい。
 お仕事でも『自分が得意なこと』と
 『自分がしたいこと』って、違うことが
 多いじゃないですか。」

そういうと、Sさんはふふっと笑ってから、

「桑津さんのおっしゃるとおりですね。
 私も人のお話を聞いて、その話にお応え
 するお仕事をしていますが、人よりは
 上手にできていると思います。
 でも、ほんとは一人でいる方が好きなん
 ですよ。
 人生ってそういうもんですよね。」

と返してきた。こういうちょっと違う雰囲気なのも、新地ではウケるのだろう。

「ほんとそうですよね。
 私の場合は後天的に、高校二年生のときに、
 実家の3階の出窓から落ちてしまって、
 そこからなんです。視えるのは。」

そう伝えると、Sさんは本当にびっくりした顔で、

「あら、よくぞご無事で。」

と言った。そこから軽く視える経緯を話した。
要は脳の問題だと。
ここまで話したら、だいたい俺のことを信じてくれる。
目の前にいる人間は異能の人間ではない。
壊れた人間なのだ、と。
壊れた人間なので変なものを視てもおかしくはないと。
・・卑下しすぎかわからないが、人は理由があると、意外と不可思議なこともすんなり信じてくれるものだ。

そこからSさんは状況を話してくれた。
リョータくんは横でおとなしく、Switchでマリオワンダーを楽しんでいる。

まず部屋の中に違和感を感じたのは、このマンションが新築されて、内見会があったときだったとのこと。
部屋の感じは明るく、非常に良い雰囲気だったとのこと。
せっかくのタワマンなので高層階の購入も考えたそうだったが、Sさんは眺望に惹かれたわけでもなく、Sさんのご実家がこのマンションに近かったことと、タワマン特有のロビーの豪華さ、フィットネスルームがあること、そして何より、提携の保育園にてマンション内でリョータくんを預かってくれることが魅力的だったらしい。
そういう理由だったので、敢えてベランダに出て眺望を確認することもなかったそうなのだが、今から思えば、
「どうしても、ベランダの方には足が向かなかった」とのこと。

次に異変を感じたのは、引っ越しが終わって一息つく頃、2週間くらいたった頃だっただろうか。
リョータくんが、家の中でやたらひっついてくるようになったそうだ。
北新地で働いている間は、提携の保育園に預かってもらっているとはいえ、やはり4歳の子どもなので、母親が恋しいからかもしれない。
環境も変わったから、それにも不安になっているのかもしれない。
そう思ったSさんはできる限り一緒にいるように努めていたらしい。
ただ、どうやらかまってもらいたいだけではなく、何かに怯えているような素ぶりを見せるようになった。
それに気づいて、リョータ君に尋ねてみたところ、驚愕の答えが返ってきた。

「ママ・・視えないの?
 この家、窓のところに・・
 おっちゃんがいるよ。
 誰なのあの人。ママのお友達?」

「えっ!どういう意味?」
リョータくんの、全くの予想外の答えに驚きつつ、Sさんは徐にベランダの方を見ると、
確かに男性が立っていたのだそうだ。
「ひいっ・・」
あまりの恐怖に声すら出ずに、目を見開いてその男性を見たそうだ。
作業着を着ている男性。40代くらいのようだが、ヘルメットを着けて下を向いているので人相はわからない。
パニックになりそうになるのを必死にこらえて、リョータ君を逃がさないといけないと思ったSさんは、リョータ君を抱きかかえて急いで部屋を出たのだそうだ。
そして、部屋の外から警察に通報、現地に警察官が急行する騒ぎになった。
これは藤原さんの管理記録とも合致する。
そして現着した警察官は、作業着を着た40代男性を確保・・できるわけもなく、煙に巻かれてしまったかのように困り果ててしまった。
その部屋はもちろん、タワマン全体を巡回し、その男性を捜索したが、発見できなかった。
もちろん、警察官に捕まえられるような相手ではなかったからだろう。

それから藤原さんの記録では、3回ほどSさんから緊急連絡を受けている。
さすがに藤原さんも3回も現場に急行して、なにも確認できないとなるとピンとくる。
あぁ、これは自分では対応できないやつだ、と。

Sさんにとっては3回とも原因がわからず、不安は募る一方であったが、担当が藤原さんであることは不幸中の幸いであった。
過去の事件で俺からアドバイスを受けていた藤原さんは、慎重に言葉を選びながら、Sさん親子にメディカルチェックを進めたようだ。
(うんうん、ちゃんと教えた通りにやってるね。)

急に幻聴が聞こえるとか、幻視が視えるっていうのは、統合失調症の患者の脳を診てもわかるように、脳の突発的な症状であることが多い。
ただ面と向かって、
「あなた、お脳がちょっとおかしくなったから、そんなこと言いだしたかもしれないんですよ。病院行ってください。」とは言いづらい。苦笑
そこは藤原さんの真面目で実直なお人柄で何とかしたんだろう。

Sさん親子は淀屋橋の有名なクリニックで、MRIから何から全部チェックを受けたそうだ。
結果は、残念ながら、というか幸運にもお二人とも健康体で脳の異常も見当たらなかったとのこと。

でしょうねー、って言っちゃいそうになった。
藤原さん、ちゃんと教えたことできてるけど、ちょっと惜しい。
これには続きがあって、確かに脳の病気で「視える」のが大半だけど、「二人以上同時に視えてる」のはもうそれ確定でその人たちはシロだよ、って。
二人同時に幻聴や幻視視るなんて、クスリやってる以外ないんだってば。
(まぁその可能性もなきにしもあらずだけど、Sさんにはその診査結果もなかった。)

こうなるともう素人さんにはお手上げだ。
Sさんはもう完全に参ってしまい、リョータくんとともにホテル暮らしを始めたそうだ。
保育園だけはすぐには確保できなかったため、引き続き、新町ローズタワー内の提携保育園に通わせているとのこと。

ここまでの話は、藤原さんの報告書を読ませてもらっていたので、把握していた。
直接話を聞いたのは、ご本人の主張との報告書との整合性を取っていたのと、相談者というものは、相談する相手がどういう人間であるかを知りたいものだし、直接話を聞いておいてもらいたいだろうなという配慮もある。
家に上がらせる人間がどんなやつかは知りたいでしょ?

ただせっかく夜のお仕事をされてるSさんに、お昼にお時間頂いたので、俺は少しだけ質問をすることにした。

「怖い思いをなさりましたね。
 それをまた思い出させるようなことになって、
 大変申し訳ないのですが、2、3質問
 よろしいでしょうか。」

「はい、この状況を変えていただける
 のであれば、何でも協力します。」

うーん、そこまでの自信はないんだが。

「では、最初の質問です。
 その作業員風の男性はあなた方を
 見ていましたか?」

これは危険度の確認だ。
たいがい「視える人」はこちら側にはあまり興味はない。
そもそも向こうもこちらに視られていることを認識していない。
近いようで、実際はこの世とあの世は遠い存在なのだ。
しかし、今回のこの男性、明らかにSさん親子のことを「視ている」節がある。

「そうですね。
 真っ直ぐは見てきていませんでしたが、
 見られている感覚はありました。
 ただどちらかというと、私たちではなく、
『下』を向いていて、意識も下に
 あるようでした。」

ほうほう、下か。

「彼は主に窓側に出て、下を向いて
 たのですね。」

「そうですそうです。」

「では、二つ目の質問です。
 彼はあなた方に何か話しかけたり、
 何かを訴えようとしてましたか?」

これは彼がいまそこにいる原因につながる質問だ。
月並みだが、やはり何か悔いを残しているからそこにいるケースが多い。
世界中でこれだけ毎日人が死んでいるのに対し、化けて出る人はここまで少ないのは、大多数の人が大往生するからだろう。
もしくは、無に還っているのだ。

「いえ・・私が恐怖心を感じている
 からか、そのような感じには見えません
 でした。
 ただただ怖くて。」

これは仕方ない。
そういう存在を直視しろ、という方が酷である。

「そうですよね。私も視えるだけに、
 実は怖いのですよ。
 では最後に。
 リョータくんにも少しお聞きして
 よろしいですか?」

「ええ、この子が答えられることであれば。」

母親の了解をとってから、リョータくんにもいくつか質問した。
とりあえず、遊んでいたマリオワンダーの面をクリアするのを待ってからだったが。

「じゃあリョータくん。
 おじさんからちょっと聞きたいこと
 あるねん。
 よかったら教えてくれる?
 うん、ありがとう。
 じゃあね、ひとつ目。
 リョータくんはお部屋の中のおっちゃんが、
 何か言ってるのを聞いたことある?」

子どもの方が霊的なものを感じたり、聞いたりするという説があるが、実はその説については俺は肯定派である。
なぜなら、子どもの方が脳の働きがまた不安定である、という事実から来ている。
俺が視えるようになったのは、落下事故で脳に損傷を負ったからであったし、視える視えないはやはり「脳」が関係しているに違いない、そう思うからだ。

「うん、あるよ。」

俺の期待していた通り、リョータくんは何かを感じていた。

「ママは怖い怖い、って言うてたけど、
 リョーくんは怖くないねん。
 強いからね!」

勇ましい子だ。

「それにさ、なんか優しい感じがするねん。
 がーどまんさんみたいな。」

「ガードマンさん?」

「うん、あの道で立ってる人!
 こっち来たら危ないからね、
 むこうにいきや、みたいな感じ!」

「リョータくんはそう感じるんやね。」

「うん。でね、なんか、
 ごめんね、って言うてた。」

「ごめん?
 びっくりさしてごめん、みたいな?」

「うーん、なんかちゃう。
 ごめんねって。
 こっちにきたらあかんねん、って」

「そうか、こっちにきたらあかん、か。」

「うん、おじさん、なんか可哀想やった。
 じょーぶつ、できそう?」

うーん、4歳にしては難しい言葉知ってるなぁ。
やっぱゲームとかYouTubeの力かな。

「うーん、そやなぁ。
 おっちゃんも視えるだけやから、
 成仏までさせてあげれるかわからんけど、
 なんでそのおじさんが、ごめんねって
 言うてるかは、ちゃんと調べるわ。」

そう告げると、リョータくんはまた器用にSwitchの電源を押してスリープを解除しながら、こう伝えた。

「うん、おねがいします。」

殊勝な子やなぁ。
うちの子よりしっかりしとる。
それから俺はマダムの方を向いて、

「Sさん、今日はお話を聞けてよかったです。
 今回のケースは、当初は建築前に起こった
 解体の際の事故が原因で起こったものと
 考えておりましたが、お話をお聞きしたり、
 当時の状況を鑑みるに、どうもそうでは
 ないように感じます。
 なのでまだ原因がわからないのですが、
 あなた方が怖い思いをしたことには間違い
 ありません。
 脳のお病気とか、そういうものでもなく、
 やはりあの部屋には出るのだと思います。」

そこまで話すと、Sさんはやつれた顔でため息をつき、

「そうですか。
 プロの方がそういうのであれば、
 そうなのでしょう。
 では当分あの家には住めないですね。
 幸い、ホテル暮らしをしてもそこまで
 経済的負担にはならないのですが、
 やはりリョータのことを考えると、
 このままでいくことは難しくて。
 やはり売却を考えるしかないですね。」

資料ではSさんは住宅ローンを使わず、現金一括で購入している。
ホテル代とローンとの二重払いにはなっていないだけよかった。

「そうですね、まぁ築浅だし、立地もいい。
 本当の事故物件でもないので、売却するなら
 そこまで苦労はしない案件と思われます。
 その時は何かしら本業の方でもお手伝いは
 できるでしょう。
 ただしそれは最終手段として置いておき
 ましょう。
 これからお部屋の方に伺いたいのですが。」

「ええ、どうぞ。
 でも、すみません、私たちはまだ
 あの部屋には行きたくないので、
 お二人で行っていただいてよろしい
 ですか?」

「承知しました。
 鍵は藤原さんからお借りします。
 では早速行ってまいります。」

そう言って、カフェを出た。
リョータくんが去り際はSwitchのポーズボタンを押してから、俺にペコリと頭を下げた。
ほんとええ子やなと感じた。
早めに解決してあげなあかんな。

「さて、藤原さん。
 行きますか。」

「は、はいぃ!」

って藤原さん、緊張しすぎやろ!
さっきSさんとしゃべってる時からちらっと見てたけど、ずっと緊張してたよな。
ほんと苦手なんよなぁ。
可哀想に。
そう思いつつも、心を鬼にして6階の部屋へと向かった。

この物語は、ほぼフィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。


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