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精神安定罪

令和20年2月9日。
令和の時代に入って早20年。
わが国日本では21世紀以降、少子高齢化社会が進み、国際的な競争にも負け続け、オンリーワンの技術の国日本と呼ばれた過去の栄光は消え去り、経済的な豊かさの上でも他国に劣り、衰退の一途を辿っていた。
従来の高齢者優遇の政党が票集めのために社会保障費に予算を回して、日本国の今後の成長資源に金を回さなかったせいだ。
近年、巻き込まれるような戦争もなくコロナ以降重篤な疾病が流行ることもなかったのだが、未来もみえず、段々と瘦せ細り死にゆく国、それが日本という国であった。

そんな暗鬱な空気が国中に蔓延していた令和19年12月。
東京を突如襲った都市直下型地震により、東京を含め、千葉や埼玉、関東地方に壊滅的な被害が発生した。
その被害により国会会期中の国会議事堂は全壊。
衆参両議院の大部分の議員が死亡したため、日本の政治情勢は一変した。

未曽有の大災害に、日本以外の大多数の国々が支援を表明する中、ロシアや北朝鮮、そして中国は寝首を掻かんとして日々軍事行動を起こす中、大災害を生き延びた一部若手議員達がアメリカの助力を得て、非常事態政府を愛知県で樹立。

その後日本復興のため優秀な若者が集まり、「日本復興党」が発足。
震災を生き残った若者たちの熱狂的な支持で与党第一党となった。

党首は弁論も立ち、国民に対しての扇動も非常に得意であった。
衰退しきったメディアをも自由に駆使し、国民を鼓舞し、時には国民に苦痛を強いるような政策も行ったが、日本人は元来の性格を思い出したかのようにモーレツに働き、復興に向け進んでいた。
そうして日本の復興への下地ができたころに、日本復興党は本丸として、ある法律の施行にこぎつけた。

「日本復興のための日本国民の勤労義務の強化に関する法律」

通称「精神安定罪」の制定である。

この「日本復興のための日本国民の勤労義務の強化に関する法律」はかいつまんで言えば、「日本国憲法」の3大義務の1つ「勤労の義務」を強化するとともに、違反者には刑罰を科すというものである。

日本国全体が震災後の復興に向け、がんばろうとしている中で、やはり一定数の者は復興の恩恵にタダ乗りをしようとしていた。
働きアリの理論で「非常に働くアリは2割、普通に働くものが6割、サボるアリが2割となる」というものがあるが、人間にもほぼそれが当てはまる。
この法律は非常に働くアリの2割以外を排除する目的があった。
結局、アリの段階ではサボるものを排除したとて、残ったアリの中から、また2割のアリがサボるようになるのだが、この法律ではそこもうまくできていた。
この法律制定後、日本国の全国民に現在の心拍数・ストレスレベルや酸素飽和度などを測定できるウェアラブルデバイスの着用が義務付けられた。
日中の間、日本国民全員は自らが設定した時間内、ある一定以上の活動をクリアすることを義務付けられた。
その様子はウェアラブルデバイスから逐次モニターされている。
設定時間内で少しでもサボろうものなら即時モニターから警告通知がくるような仕組みとなっている。

「勤労時間中に精神を安定させることは罪だ。
 精神の安定は勤労後の喜びとしよう!」

そう熱狂的に国民に語り掛ける日本復興党の党首の言葉から、「日本復興のための日本国民の勤労義務の強化に関する法律」は「精神安定罪」と呼ばれるようになった。
かつて興奮剤と呼ばれていたもの、エナジードリンクであったり、カフェインを多く含むような商品が飛ぶように売れている。
アドレナリンが出るようなものを摂取すれば、少しの間だけならモニターを欺けるからであった。
「じゃあ、このレッドブルで「ひと休み」して、また仕事がんばるか!!」
そうして日本国民は興奮剤のことを「精神安定剤」と呼ぶようにもなっていった。

その一方で、従来の票稼ぎのための高齢者の優遇政策を行う必要がなくなった日本復興党は、党約として「出生率の向上」を掲げ、
「第一子誕生時には1,000万円支給、第二子、第三子となるごとに500万円上積みで支給」
「18歳未満の児童に対する医療費・教育費の完全無償化」等、産めよ増やせよと言わんばかりの政策を打ち出したおかげで、日本国の出生率は急激に回復していった。

もちろん、こんな生活をしていたら身体が持たなくなるような者が出てくる。
精神疾患や身体的な、循環器系の疾患を発症する者も増えていき、突然死する労働者も増えていった。
幸いなことに、単純労働に関してはAIがかなりの部分を補うようにはなっていたため労働力確保には支障がなかったわけだが、平時であればこんな社会情勢など国民が許すわけもなく、まかり通るはずはなかったはずだが、そこは震災後という非常事態で・・・まかり通ったのである。

今から始まる物語は、そのような並行世界の話である。

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