事故物件専門調査員桑津の管理ファイル【とあるマンションの話 ⑥】
今回の事件の張本人ともいうべき、Bさんのお宅に伺ったちょうど2週間後、俺はまた新町ローズタワー6階のあの部屋にいた。
関係者を一堂に呼んでの謎解き会である。
総勢8名。
皆の予定を合わせるのに2週間かかったのだ。
「皆さん、お忙しい中お集まりいただき、
誠にありがとうございます。
今回の事案を調査しておりました、
桑津と申します。
本日は私がご説明をしてまいります。
よろしくお願いをいたします。」
俺は高らかに開始の宣言をし、皆を見渡した。
傍らには俺の助手と化している藤原さんがいる。
まずはこの部屋の所有者、Sさんとその息子さんのリョータくん。
今日はリョータくん、ニンテンドーSwitchで遊ばずおとなしくSさんの隣で立っている。
そして次に、このタワマンの建設時の事故で亡くなったBさんの奥様と息子さんの涼太くん。
さっき、リョータくんと涼太くんのお顔合わせのあと、皆が揃うまでまるで兄弟のように仲良くおもちゃで遊んでいた。
そして最後にやってきた二人。
この新町ローズタワーの建設を担当した北松建設社長、北松甲念氏と当時の建設担当であり、住宅建築の担当常務である北松社長の長男、北松計念氏の二人である。
藤原さんを通じて「当時の建設担当者を呼んでほしい」とは言っていたのだが、まさか社長も同席してくるとは思っていなかったのでこれから話すことを考えると少し気が重くなった。
しかしそうもいっていられない。
さっきからこの部屋の所有者のSさんはソワソワしている。
無理もない。単純にこの部屋にいるのが怖いのだ。
俺の中で今回の事件の全容が見えたの、この部屋の所有者のSさんに一度関係者全員で集まって、そこで話がしたいのだがよいだろうかと打診した時、やはりSさんは難色を示した。
まだあの部屋に行くのが怖い、と。
「Sさん、大丈夫ですよ。
大勢で行けば、まぁ『出ない』ってのが
セオリーですから。
今回は安心してください。」
そう言ってSさんを鼓舞しがんばってきてもらったのだ。
俺も腹を括るしかない。
「皆さん、事前にお話しした通りSさんは
こちらにお住まいになった当初から
『男性の霊が出ること』で生活に大変
支障が出ております。
そこで私が呼ばれ、調査をしたわけで
ございますが、その男性は、北松建設の
元社員でこの新町ローズタワー建設時の
事故で亡くなったBさんということが
わかりました。
ただ、ここで一旦、
Bさんの霊の存在は忘れてください。」
そう言い切った瞬間、おれ皆の、はぁお前何言うとんねん的な顔を確認してニンマリした。
計画通りである。
そりゃそうだよな、霊のことを忘れるならここに来た意味がないし、視える俺が司会をする意味もないよな。
「視える私が言うのもなんですが、
霊の存在というものは未だに科学で
証明されてはいないものです。
もちろん、Sさんのことを疑っているとか、
そういうことでは決してないことを先に
断っておきますが、ここにいる8人の中で
Bさんの霊を感じた人間は私と藤原さん、
Sさんとリョータくんの4名、
ちょうど半分です
過半数に満たない。
それでもってこの話を進めるのはあまり
フェアではないそう思ったからからです。」
ま、ただビビッてた藤原さんを入れるのも反則なので実質3名しかBさんを見ていない。これで話を進めるとうまくいかない気がした。
というのは建前で、霊のせいにすると有耶無耶にするだろう人物がいるから、こういうロジックで進めることにしたのだ。
実際、北松建設の二人はこの状況をあまりよろしく思っていないそぶりを見せている。
北松社長は先ほどから黙ってこちらの話を聞いているが、時折厳しい視線を俺に送ってきている。値踏みされてる感がある。
常務に至っては「忙しいのにこんな茶番に呼びやがって」感を隠さず周囲に撒き散らしていた。
その証拠に、北松建設の常務である北松計念氏がここで口を開いた。
「桑津さん、すみません、お話の途中で。
今回、ここに呼び出されたことに関して、
非常にびっくりしています。
私は霊など見たこともないし、霊などと
いうものを毛頭信じてないからなのですが、
あ、失礼しました。
Sさんのおっしゃることを否定する意味
合いはないのですが。。
Bさんの件にしても、弊社はその責任を感じ、
残された奥さんが経済的に不自由のないよう、
精一杯の補償をしてまいりました。
ですのでなんらBさんに恨まれることも
ないのです。
それにしてもここで一旦、霊のことは
忘れろというのはどういう意図でしょうか。
もしも、この現象に弊社のBさんが原因
でないとなると私も社長もなぜここに
呼ばれたのでしょうか。」
いらだちを隠さない様子で、北松常務が口をはさんできた。
いやいや、霊のことは忘れろといったけれど、
「あんたらが関係ない」とは言ってない。
俺は一瞬イラっとしたが、ここは堪えた。
「言葉足らずで申し訳ございません。
あなたのように霊の存在を信じていない方も
世の中には多くいることを私はよく
存じています。
そもそも、私自身、未だに霊の存在に
関しては疑念を持ってるんですよ。
これだけ視えるのですがね。」
前置きはさておき、俺はこう続けた。
「だからこそ私は科学的なアプローチで、
この事案を解析しようと思っておりまして・・
藤原さん、原子さんをお呼びください。」
俺の傍らで今か今かと緊張していた藤原さんが、無言でうなづき、部屋の外へ出ていき、男性一人を部屋に招き入れてから、部屋に帰ってきた。
部屋の外にはある業者を待機させていた。
「あぁ、お疲れさまです。
急なお願いにもかかわらず、
ご対応いただきありがとうございます。
こちらは日本非破壊検査協会からの斡旋
で来て頂いた非破壊検査員の原子さんです。
今日はこのお部屋のある部分を特殊な機械で
検査頂き、今回の事案を『科学的に』
実証したいと考えております。」
そう皆に告げたときに、さっきまでイライラを隠さずにいた北松建設の常務の顔色がさっと変わった。
「なお、事前にこちらのお部屋のSさんには
今回の検査につきご了承を得ています。
では、原子さん、お願いします。」
そう言って原子さんを検査対象の場所まで促そうとした時、北松建設常務がそれを制する形でこう息巻いた。
「いやいやいや、何をするかと思えば、
非破壊検査?
たとえオーナーが許したとして、
勝手なことをされては困りますね。
何を検査しようっていうんや。
我々が建築したこの新町ローズタワーの
何に不満があるんです?
そもそもBの霊が出る?
言いがかりも甚だしい!
そもそも、Bはここで死んでないやないか!
ここにBが出るはずない!
それにね、『ベランダ』は専有部分やない、
共用部分のはずでっせ!
あんた、不動産屋やのにそんなことも
知らんのか!
あんたもオーナーも勝手なことができる
場所やないぞ!!」
やはり、そうきたか。
北原常務の言うことだが、確かに正しい。
マンションの住人がベランダでBBQをして迷惑かけるだの、ホタル族が追いやられてベランダで喫煙してその吸い殻を投げるだの、いろいろトラブルが多いマンションなのだが、購入したマンションの中に「ベランダ」の所有権は含まれていない。
ベランダや窓ガラス、果ては玄関ドアの「廊下側半分」は所有者のものではない。
管理組合のものなのだ。
エンドユーザーさんで真にこのことを理解している人は少ないけどね。
ってか俺をシロート扱いするとは・・
しばくぞ?
呼んだ手前こういう風に妨害してくることは想定はしていたので、ちゃんと手は打ってある。
「そら、この商売やらせてもらってますんで、
そんなことは重々承知ですよ。
確かに共用部分ですが、それこそ、それは
常務が口をはさむことではないのですね、
藤原さん?」
俺の横で仁王立ちしている藤原さんに俺は話を振った。
今回、Bさんの霊は出ることないですよ、と事前に藤原さんに伝えているので、霊にヘタレな藤原さんも元気である。
藤原さんは事前打ち合わせの通り、北松常務にこう告げた。
「その通りです。
この新町ローズタワーの管理については
弊社が管理組合様と管理委託契約を結んで
おり、その契約内容に則して、
「共用部分の緊急性を要する保守点検等に
関しては適宜、弊社の判断で実施できる。」
となっております。
さらに今回は念のため、理事の方たちにも
事前相談を行いましたが、了承いただいて
おります。」
さぁ謎解き会をやるぞと決めて2週間もあったのだ。
(2週間も日が開いたのは実は北松建設側が忙しいだのなんだのと渋ったからなのだが。)
これぐらいの根回しは当然終わっている。
一部上場の役員だろうと、売られたケンカは買うぞこの野郎!と叫びたくなるのをぐっと我慢した。
偉そうに言ってはいるが、実はこれは藤原さんのアドバイスの賜物である。
「恐らくですが、北松建設は茶々を入れてくる
でしょう。
ベランダは専有部分じゃない、共有部分だろ、
勝手なことはするなとかなんとか。
そういう意味でも管理組合には根回しが
必要かと・・」
俺はその点の配慮をすっかり抜けていたので藤原さんマジ感謝!であった。
「ということで、この検査に関しては何の
問題もないのです。
ところで、北松常務。
ちょっと不思議な感じがするのですが、
なぜ北松常務はこれから検査するのが
『ベランダ』だと思ったのですか?
私、一言も言ってないですよね、これから
ベランダを調べますって!」
墓穴を掘る、とはこのことである。
見るからに顔を紅潮させ、北松常務はこう言い訳をした。
「いや、そう!
事前にもらった報告書にそう書いてあった
やないか!
ベランダにBが出るって!それだけの話や!」
はいはい、報告書ね。
確かに送ったよ、事前にね。
でもね、そこには、
「書いてないですよ、そんなこと。
私はこの部屋にBさんが出る、と
書いたんです。
ベランダ、なんて一言も書いてない。」
そう告げたとき、常務は紅潮させた顔をさらに赤くさせた上で、さらに言い返そうとした。
が、その時、
「もういい、常務。いったん黙りなさい。
これ以上、醜態をさらすのではない。
皆さんもお忙しい中、集まって頂いている。
何より我々の成果物によって、ご購入者の
S様の生活が脅かされているんや。
そこは紛れもない事実や。
すみません、Sさん。そしてBさんの奥さん。
桑津さん、続けてください。」
今まで沈黙を続けてきた北松社長が重い口を開き、往生際の悪いバカ息子を非礼を詫びた。
恐らくだが、社長は今回のことにはタッチしていない。
が、何かしら自社の危機的リスクを感じてわざわざ同席を求めてきたのだろう。
(当初、訪問者のリストには入っていなかったからだ。)
さすが一代で興した会社を東証一部上場会社にまで育て上げた人物である。
北松社長に促された俺は、閉じ切ったカーテンを押し広げて原子さんとともにベランダへと向かった。
今回はBさんの妨害にも遭わず、窓のクレセント錠はスムーズに開いた。
原子さんが今回用意してくれたのは簡易な「地中埋設物探知機」である。
超音波により、検査機の下がどういった状態か知ることができるものだ。
俺がどういったものを検査したいか、具体的に原子さんに告げたとき、原子さんは言葉に詰まったあと、ではこのレベルのものをご用意しましょうと、用意してくれたものだった。(びっくりするようなことオーダーしてごめんね。)
「では、作業を開始します。
まぁ、すぐわかると思います。」
そう皆に告げたのち、原子さんは黙々と作業を始めた。根っからの現場マンとのこと。
余計なことは何も言わない。
技術者の鑑のような人だ。
断続的な機械音が続いた後で、長めの機械音が鳴った。
測定は終了したようだ。
検査機と無線でつながっているプリンター機能付き受信機から今回の検査の波形とベランダ下の様子がプリントアウトされた。
「原子さんが今回の検査結果を精査している
間に、私が今回の検査実施に至った経緯
からご説明します。
ここでBさんの霊を直接視た時から、
ある仮説を立てました。
そしてBさんの奥さんにお話をお聞きした後、
それは確信へと変わりました。」
そういって、Bさんの奥さんに目配せをしたが、奥さんはまだピンと来ていない。
「私は奥さんに、あることをお聞きしました。
それは辛い質問でしたが、奥さんは私に
教えてくれました。
その節は本当にありがとうございました。」
こういって俺はまた奥さんに頭を下げた。
旦那が死んだときの記憶など、思い出したくもないことだろうからね。
「私は奥さんにこう尋ねました。
Bさんが病院で亡くなられたとき立ち合いを
されたと思いますが、その時、
「切断された右腕はありましたか。」
と。
奥さんの答えは、Noでした。
搬送された病院にも右腕は持ち込まれて
いなかったのです。」
「そんなことあるかい!
記憶違いやろ!」
被害者の奥さんへの配慮など全く皆無の北松常務がまた気を吐いたが、皆の殺気立った視線に恐れをなし、それ以上は続かなかった。
「北松常務、少し言葉を慎んでください。
私は奥様を介し、Bさんが緊急搬送された
先の病院にも確認しています。
まだ2年前ということもあって、カルテは
当然残っていました。
やはりBさんの右腕は病院には持ち込まれて
いませんでした。
当時の状況を鑑みるに、すごい出血量
だったかと思います。
まずはBさんの搬送を優先するのは正しい
判断であったと思いますし、
タワマンの中の6階は低層階に当たりますが、
それでも6階です。
混乱する現場の中、高所で切断された右腕を
すぐには見つけられなかったのは不思議では
ありません。
北松常務、現場にあなたもいらっしゃったん
ですよね。」
すっかり大人しくなった北松常務は震えるような小声でこう答えた。
「あぁ、おりましたよ。
あの時の現場にもおったんですよ。
あの、Bさんが事故に遭った瞬間のあの様、
あの音、未だに耳にこびりついています。
でもあれは避けようのない事故やったんや。
ワイヤーの製造過程での不良品が混ざって
いて、それが切れてもうて。
どうしようもなかったんや。」
「はい、そこは事故の報告書を読む限り
そうだと思います。
ただ、問題はそこじゃないんですよ、
北松常務。
問題はね、じゃあ右腕はどこに行ったん
でしょうか、ってことなんですよ。
あなた、探しましたか?
真剣に探しましたか?
誠意を持って探しましたか?
自社の社員の腕ですよ?
その事故のせいでお亡くなりになった方の
遺体の一部を御社は探したのですか?
当時の記録を読んだ限りでは次の日にもう、
作業を再開していますよね。
何をそんなに急いでいたのですか?
まさかと思いますけど、あなた、この
ベランダにBさんの右腕あるかもしれんて、
思ってたんちゃいますか?」
俺はつい感情的になり、矢継ぎ早に責め立てるように北松常務に問いかけた。
この2週間の間に藤原さんを介して出来うる限りの事故当時の記録を読ませてもらっていたが、切断事故があったその次の日には作業が再開され、急ピッチで躯体工事は進められていったようだ。
この事故が起こる前から工事が遅れており、右腕切断事故の前にも事故が頻発していたこともあって、当時の建設担当であった北松常務はかなり疲弊していた、という話もあったそうだ。
先ほどから北松常務を問い詰める形で進めていたが、検査結果がわかるまでの時間稼ぎはここまでのようだ。
原子さんから耳打ちされ、俺は締めに入った。
「先ほど話した私の仮説、ですがそれは
事故時に切断された右腕は、この部屋の
ベランダにあるのではないか、というもの
でした。
荒唐無稽な話なのですがそれだと、
なぜBさんの霊が部屋には出ず、
ベランダに出るのか。
ベランダに入ろうとする者をなぜBさんが
制しようとするのか。
なぜ今頃になってBさんの霊が出るように
なったのか。
これらすべて辻褄が合うのです。」
俺がこの部屋でBさんの霊を実際に視て感じたのはBさんが悪意でもなく恨みでもなく、何よりも自分の責務であるかのように「ベランダに立ち入らせないようにする」固い意思であった。
自分の奥さんのもとにも現れていないにもかかわらず、この部屋に出るということはやはりベランダに何かがあるのだ。
何かというか自らの一部、右腕が埋まっているからだろう、そう俺は考えた。
取り寄せた建設記録にも事故当時この部屋のベランダ打設の内容が記載されていた。
おおまかな記録だったが、時期は合う。
そこで俺は知り合いの波風さん@sun_suk_eに、こんなDMを送って事前に相談していたのだ。
さすがに「ベランダに右腕埋めたらどうなりますかね。」っていうストレートな質問をしたら、温厚な紳士である波風さんですら、
「あぁ、Jokerさん、あなたとうとう
殺りましたね。。」
と不穏な気持ちにさせてしまって、中間省略にも一緒に行ってもらえないと思い、ちょっと茶化して配慮したのだが、それでも知りたいことはちゃんと教えてくれる波風さん!素敵!
「肉片は緩やかに分解されて同化する」
「強度は出ない。」
このことから、次のことが推察される。
事故時に切断され行方不明になったBさんの右腕はベランダのコンクリに埋め込まれてしまった。
本来であれば発見されるべきものだったはずだが、当時の急ピッチでの建設状況や事故に対しての隠蔽の流れもあって、驚くべきことにそのまま竣工とあいなって、Sさんのもとに「右腕が埋まったベランダ付マンション」が引き渡されてしまった。
自分が売買担当者でこの物件売ってくれと相談に来られたら気が遠くなってしまうだろう。
そして2年の月日が流れ、Bさんの右腕は緩やかにコンクリートと同化していったが、その部分は・・
「いま、原子さんから検査結果の概要を
お聞きしました。
難解な音波の波形の説明は割愛しますが、
結論から申し上げますと、
このベランダの下には一部、空洞があります。
空洞といっても、ぽっかり空いた穴、という
わけではないです。
一部、コンクリートの凝固が弱い部分が
あるという意味です。
超音波を当てるとそこだけ、波形が異なるので
わかるそうです。
そうです。
皆さんのご想像通り、ちょうどSさんや
私がBさんの霊を視た、ベランダのその
部分にね。」
俺の仮説通り、Bさんの立っていた場所の真下、ベランダのコンクリートスラブの下にはやや脆い層が存在した。
今日は愛用のバールを持参していないし、バールごときではベランダのコンクリを穿つことはできないので残念なところだが、おそらくそこを「ハツ」れば、Bさんの右腕が出てくるはずである。
原子さんによれば、今の段階でそこに乗ると踏み抜いて穴が開いてしまうというレベルのものではなかったのだが、やはり年月が経つとより一層、劣化が進んでしまうとのことだった。
基礎屋だったBさんは何よりも自分のせいで人がケガするようなことがあってはならない。
そう考えてSさんやリョータくんを守るために、わざわざのこの部屋に何度も出てきたのだろう。
自分の息子の涼太くんと同じ名前の子どもがいたから特に、だったのかもしれない。
「先ほども申しましたが、これはBさんの霊が
出るとか出ないとか、そういう問題
じゃないんですよ。
Sさんはベランダに瑕疵ある状態で、
この部屋の引き渡しを受けたわけです。
心理的にも、強度的にもね。
北松建設さん、これは科学的に立証された
事実ですよね。
このことに関して、この新町ローズタワーの
建設責任者たる御社はどういうお考えで
しょうか。
これでも、勝手なことをするな、という
お考えでしょうか。」
バカ息子を制した後、黙って俺の話を聞いていた北松社長に問うてみた。
嫌味をたっぷり含んだ物言いで、さきほど愚弄された分はしっかり返したつもりだった。
こういうとこがまだ子どもだと澤田の親分にもよく怒られるのだが。
「今回の件、当時の建設責任者であった
弊社常務、まぁご存じの通り、私の息子
なのですが、完全な手落ちであったと
認めざるを得ません。」
腕が落ちたから、手落ちってか。(違うか)
「もちろん息子一人の責任ではなく、
会社全体の責任と感じております。
Sさん、先ほどまでの息子の非礼に重ねて、
今回、このような事態になり大変申し訳なく
存じます。
弊社を代表し、深く、陳謝いたします。」
そういって、Sさんの前で深々と頭を下げた。
一瞬遅れて北松常務も頭を下げたが、父親である北松社長に鬼の形相で睨みつけられた後、その場に膝をついてから、土下座した。
「ちょっと、ど、どういうことですか!?
私たちはBさんの右腕が埋まってた家で、
過ごしていたってことですか?!」
目の前の事態に、Sさんは困惑していた。
北新地でクラブを営むママであるSさんでもこんな展開になるとは夢にも思っていなかったようだ。
Sさんには事前にこういうことを話すと言ってなかった俺も悪いが、先に話して余計なことを言われると、北松常務にうまく逃げられる気がしたのだ。
それにしてももうちょっと話しておいてよかったかなと後悔し始めていた。
Sさん元々色白やけど、余計に血が引いて真っ青になっている。
そりゃそうだろう。買ったマンションのベランダに右腕が埋まっているかもしれないとわかったんだから。
こりゃまたいっそう怖がって大変なことになるんだろうなと思っていとその時、Sさんの横でじっと話を聞いていたリョータくんが口を開いた。
「涼太くんのパパの手ぇ、そこにあったん?
やからリョータくんやママに教えてくれたん
やね。
やっぱり、おっちゃん、ええ人やったやん。
涼太くんのパパ、すごい人やねえ。」
その場にいる誰もが、リョータくんのその一言に救われた。
Sさんもはっとした顔をしてから、リョータくんを抱きしめた。
Bさんの奥さんも堪えきれず、涙を流していた。
傍にいた涼太くんも誇らしげにママの手を強く握っていた。
ふとベランダに目を向ける。
いつの間にか、Bさんがそこに立っていた。
語り掛けもせず、ぶっきらぼうにそこに立っている。
ただ前視た時と違ったのは『右腕』があったことだ。
そして、何よりもとても温和な顔をしている。
ようやく肩の荷が下りた、そんな風にも見えた。
2週間ぶりに開け放たれた窓から、いい風が吹いてきている。
「たまにはご自宅の方にも、化けて出たら
ええんちゃいますか?笑」
そう心の中でBさんに話しかけると、Bさんはそよ風に乗って消えていってしまった。
Bさんが消えていったベランダから近くの川が見えた。
風を受けて揺れる川面が、いつになくきらきら輝いていた。
事故物件専門調査員桑津の管理ファイル
【とあるマンションの話 完】
この物語は一部フィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。
とまぁ、これでは終われませんよね🤣
次回から番外編がスタートします!