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事故物件巡りの話【第4話 終の棲家②】

田澤親分とさっきから押し問答をしている。

親分「そやからな、桑っちゃんいや、桑津主任。
   もうそこらへんでやめておいた方が
   いいって。
   ここはな、ほんと薄ら寒い感じが
   するねん、霊感ない、俺でもな。
   10年やぞ、10年。
   俺が来てすぐやから、そんだけ前から今まで
   ずっとクローズにしてる案件なんやぞ?
   それだけ何かしらの力があるっちゅう
   ことや。」

俺 「大丈夫ですって!今まで80件も
   こなしたんですよ、俺。
   何の問題もないです。それにあと1件
   残したまま、クビになったら、
   誰が続きできるんですか?
   その物件エリア担当の、あのアホゴリラ
   主任の五里ですか?
   無理でしょ、あいつじゃ。。
   客付からも担当の名前すら覚えへんって
   バカにされてるくらいやのに。。
   じゃ、俺の直属の上司である
   田塚係長ですか?
   うちの田塚係長だって、

   『桑津主任、それは引き継ぎません。
    僕もお化け、苦手なんでね。』

   っていつものええ声で
   弱音吐いてましたし。。

   仕事バリバリできる人やし、
   人望もあるのになぁ。
   中途半端で辞めるのは嫌ですねぇ。」

親分「あぁ、田塚もあかんねん、
   そういうの。
   渋いええ声して、仕事もそつなく
   こなして、超真面目。
   うちの実質的管理者やのに、
   そういうとこヘタレやねん。」

俺 「親分はそれ、言えないですよ。苦笑
   ま、そうですよね。
   田塚さんは完璧な人です。
   仕事もできて、不平不満も言わない。
   思ってるだろうけど言わない。
   ええ人です。
   あの人が課長やったらこの課も
   もっと良くなるのにって何度も
   思いました。」

親分「あぁ、お前さん、知らんねんな。
   転職した時期一緒でな、あいつの
   こともよう知ってる。
   あいつ実は、いっときここの課長
   してたんやぞ?
   そのときに客付担当が広告料の
   キックバックとか、客付に渡すはずの
   販促品を自己使用してたとかで、
   えらい大問題になってな。
   まあ黒幕は誰かなんて言わんでも
   わかるな?苦笑
   田塚は嵌められたわけやが、
   監督責任は自分にあるっていうて、
   自分から課長降りおってん。
   そんな奴や。
   実はお前がクビになること、
   俺以上にあいつは一番惜しいと
   思ってるぞ。

   「彼はすぐ調子に乗るんでね。
    あまり褒めないでください。
    課長に目をつけられます。
    彼にはもう少しいてもらわないと。」

   って言うてたんや。
   顔には出さんがな。お前さんが
   来てくれて、ほんとよかった、
   ようやくええ部下ができたのに、
   って酒の席で言うてた。」

俺 「えー、そんなんいっぺんも言うて
   くれたことないっすよ!
   いっつも俺にはしかめっ面してて、
   女性の事務員さんとはニコニコ
   お話してるくせに。。笑」

親分「同類相哀れむっちゅうやつやな。苦笑
   とにかくあいつとは、もう少し
   ちゃんと話してやれ。
   今後のことも含めてな。
   この仕事も田塚の力なくしては、
   最後までできひんねんからな。」

俺 「はい、わかりました。
   でも、あの人すぐはぐらかすからなぁ。」

親分「そこはな、シャイなのよ、あいつは。笑
   話が逸れた。もう言うても聞かんねんな、
   お前さんは。
   そこまで言うならわかった。
   最後までやればええ。
   中野ちゃーん、ごめーん!
   例のカギ出したってー!!」

そういうと、親分は鍵担当の中野さんを呼んでくれて、最後に残った戸建タイプの事故物件のカギを渡してくれた。

親分「ええっと、確か3本残ってたはずや。
   全部・・同じやつやな。
   どれにする?笑」

俺 「どれか”当たり”があるんですか?笑
   じゃあ・・・これにします!」

そういって、俺は3本ある中の1本を取った。

親分「あと、悪いけど、毎回中野ちゃんに
   返してんかー。
   めんどくさいけど、この物件に関しては
   こういう決まりらしいねん。
   俺も引き継いだ事項や。
   なんでかはしらんけどな。」

俺 「正直めんどくさいっす!!
   でも、決まりなら仕方ないですね。
   中野さん、これから何回か借りるかも
   しれません!
   よろしくっす!!」

俺は笑顔で中野さんに声を掛けた。
中野さんも笑顔でうなづいてくれた。

親分「はい、うちのシマのレイディーに
   手を出さないように―。
   これだから塚田んとこの奴は困る。。」

俺 「あの人と一緒にしないでください!
   俺はもう卒業してますから。」

親分「ほんまかぁ?苦笑
   あいつの秘書とデート行ったらしいやんけ!
   川もっちゃんに手を出すなんて、
   お前さんもほんまアホやのぅ。」

俺 「手を出してませんから!
   サッカー見に行ったり、
   フットサル一緒にしたりしてるだけ
   なんで!」

親分「足は出しとるやんけ!ふん!
   俺も好きやのに!!」

おっさん、ほんまええ加減にしとかなしばくぞ。
そう思いつつ、親分と中野さんに再度礼を言い、事故物件に向かった。

わざわざ車で行くこともない距離なのだが、外に出ると、雲行きがあやしくなってきたので車で来たのだが、案の定、現場に着いたとたん、雨が降ってきた。
見た感じ何の変哲もない、木造戸建て2階建ての物件だ。
ただ、うちの戸建にしては非常に変わったデザインだ。
うちの大株主でもある大地主さんの娘さんが建てるということで、親会社も相当がんばったらしい。(うちは地主や株主に媚を売る、もとい、顧客を非常に大事にする会社なので想像に難くない。。)
そうやって丹精込めて時間や金もかけて建てられた家の中で、10年前、練炭自殺事件が発生した。
死亡したのはその大地主の娘さんとその息子たち。と、たまたま家に遊びに来ていた旦那さんの同僚の方の計4人。
旦那さんは発見された際には危なかったが、何とか一命は取り留めたらしい。後遺症で寝たきりらしいのだが。
ただもう10年の前のことだし、詳細についての資料は見当たらなかった。
事故の当事者も大株主且つ大地主の地縁者ということで、社内で戒厳令が敷かれていたようで、それ以上の聞き込みも期待できなかった。
一家心中かなと思いつつ、同僚も巻き込まれている。
そこが解せないな・・と思いつつ家の前に車を止めて、止みそうにない雨に舌打ちしながら、車から降りようとしたその瞬間、不意に目の前が真っ暗になり、ひどい眩暈がした。
ふらふらする。立ち眩みか??
家に歩こうと足を差し出すも、身体が言うことを聞かない。
右足を出そうとしても、右足が地面から離れない。
無理して前に行こうとすると、今度は左足が拒絶する。
何かに対して、俺の身体の方が全身で抵抗している。
歩ける状況ではなかった。家に近づけない。
これはおかしい。まずい。
慌てて車の中に戻る。
運転席で息を整えていたら・・あぁ、わかった。
後部座席に、いる。
女性だ。なにやら甘い匂いがする!
視なくともわかる。これはやばい。
怒っているとかそうではないのだが、居られるだけで圧力掛かるタイプだ。
黒い塊が背中のすぐ後ろにいる!
今日は・・まずい。逃げるんだ。
本能が全力で訴えかけていた。
慌てて、アクセルを踏み込んだ。
家が見えなくなる距離まで、一目散に走った。
とにかく離れたかったので、道を選ばず走った。
ようやく大通りに出る一歩手前で、圧が消えた。
逃れられた。よかった。
ほっと一息ついて、前方から目を離して、戻した瞬間、目の前に電信柱が迫っていた。
「やばいやばいやばい!」
慌てて急ブレーキ踏んで、柱まであと3㎝、というところで止まった。
前にある木が邪魔で存在がわかりにくいうえに、道路から少しだけはみ出している電信柱だった。
ただ、見通しもよい道路でスピードも出していたため、ぶつかれば確実に吹っ飛んで横転していただろう。
激しい動悸に襲われて、また路肩に止めて、呼吸を落ち着けた。
そっと後部座席を見る。もう彼女はいない。勢力圏から逃れられたようだ。
ようやく安心して、さてここはどこらへんだと周りを見渡し、まったく見覚えない道だったので、グーグルマップを開く。
現在地ボタンを押して、場所がわかった。
地名を確認して、親分との会話が甦って思わず唸った。

「ここ、親分と仲良かった客付の若い営業
 マンが自損事故起こしたとこやん!!」

確かに、木が邪魔で見えにくい地点ではあるが、スピードを出してなければ、ぶつかるようなものではないのだ。
彼は何を急いでいたのか。
彼も霊感が強かったとかなんとか言っていた。
俺と同じような目ににあったのだろうか。
一歩間違えば俺も電信柱に激突して、病院送りだったのかと今回の事故物件巡りで初めて、恐怖を感じた。

事故物件巡りの話 第4話 ③につづく。

この物語は一部フィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。

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