事故物件巡りの話【番外編 タワマンの女性 前編】
フィーン。
エレベーターの回数表示が42になり、目的の階に到着するとお上品な到着音が鳴り、音もなくドアが開いた。
到着音が馴染みのある「チーン♪」ではなく「フィーン」というすましたお上品なものだったため、場違いなところに来てしまったなという思いが次第に強くなってきた。
俺の今住んでる家賃知ってるか?
2DKの45,000円だぞ?!
「あれ、桑津さん、着きましたよ?」
同行してくれている管理会社の藤原さんが、エレベーターが開いたのになかなか降りない俺を心配して、声をかけてきた。
「あぁ、すいません、ちょっと考えごとをしていまして・・」
とっさについた嘘だが、藤原さんは深読みしすぎて、
「え、まさか、もう、その、け、気配を
感じておられるんですか!
やっぱり田澤さんのご推薦どおり、
すごいですね!桑津さん。」
いやいやいやいや、何も感じてないってば。苦笑
ってか、田澤の親分、俺のことを藤原さんにどう「推薦」したのか、すごい気になる。
(俺を霊媒師かなんかだと言ってないだろうな。。)
田澤の親分のことだ、どうせ、
「いやぁ、最初は信じられへんと思うねんけどさ、
あいつはほんまに視えとるんですわ。
今までもそれでようさん事故物件周って
問題を解決しとる。
ほれ、名刺にも書いとるでしょ?
事故物件、調査しますって。」
とかなんとかいって、安請け合いしたに違いない。
やっぱり新地やな。新地。奢りは新地のバーや。
「いや、ほんとにまだ視えてないんで、
気にしないでください。
それに、エレベーターでは出ないん
でしょう?
さぁ行きましょう。
4219号室、でしたよね。」
のっけからビビりまくっている藤原さんを鼓舞しながら、目的の部屋へと向かった。
タワマンって共用部分も床がピカピカでほんと管理が行き届いている。
築浅ではないが、新築だといっていいほどの清潔感とゴージャスさが両立している。管理費とかいくらぐらいするんだろ。。
未だに築57年のボロ戸建に住んでる生粋の地べた民である俺は、月々のローン支払い金額と管理費・修繕積立金・そして固定資産税に思いをはせてしまって、気が遠くなった。
そうこうしているうちに、今回の調査対象の部屋に到着した。
4219号室。
不意に”シニにイク”という語呂合わせが頭に浮かび、即座に頭を振ってかき消した。
今回の調査は少し複雑だ。
いつもはどこかしら俺のことを聞きつけて、ひとづてで紹介があって調査に行くことになる。(たいがいは親分だ。)
対象は事故物件が多い。というか、ほぼ事故物件だ。
そして縊死が多い。
(最近はほんとの事件も増えたが。)
しかしながら、だいたいはもういない。
成仏したか、引っ越ししたか、全く気配がない。
少なくとも俺には視えないことが多い。
いるかどうかがわからないから、俺に調査を依頼するのであって、視えると言っているものが視えないといえば、それで安心するようだ。
「とりあえずもう視えないので、
オープンにして良いと思います。
ただ、何かしら”ある”ので、
影響されやすそうな借主さんは
やめといたほうが良いですよ、
当分の間は。」
なんてことを言ってあげれば、解決となる。
ボッタクリの金額ではないが、少なくもない報酬も手に入る。
それでも中には視えることもある。
普通に首をグニャっと横倒しにした女性が部屋の中で三角座りしていたりするのだ。
そういうときは、慌てず騒がず、まず容姿や特徴を関係者に伝えて、本人かどうか確認する。
たいがい亡くなった本人であるので、俺のことを半信半疑だった人も一気に話を聞くようになる。
それがあるから、俺は依頼人に最初から根掘り葉掘り聞かない。(その方が信憑性が増すからだ。)
ただ、冒頭に言ったように、俺は霊媒師などではない。
むしろ無神論者だ。
除霊などできるわけがない。苦笑
「桑津先生、お願いします!」
みたいなノリで言われるけど、俺にはどうしようもできない。
それは依頼を受ける段階で何度も説明をしている。
ただ視えるだけ。こちらからもあちらからも、干渉しないし、するつもりもない。
(過去に一度だけ、干渉してえらい目にあったので、それからしないことにしている。)
そういう点からしても、今回のケースでは、俺の出る幕はないと思いながら、ここにきている。
お付き合いの関係上、断れなかったのだ。
今回の物件は事故物件ではない。
部屋では何も起きていないのだ。
至って正常。持ち主も反社会的勢力の所有者とかではなく、若き個人の開業医の男性である。(クソ羨ましい。。)
念のため、一棟全体でそういう心理的瑕疵が発生したような過去はなかったか調査をしたが、これもなかった。
それなのに、女性が出るという。
しかも、この4219号室のなかだけで。
それを聞いて、俺は疑問を感じた。
だいたい、「視える人」は事故があった部屋に留まることはない。
廊下も歩くし、ベランダにも出る。
エレベーターに乗って、ロビーにも行く。
普段の生活スタイルを崩さず、存在しているものだ。
それなのに、藤原さんの話によれば、二週間前に女性が部屋に突然現れるようになった、家の外では見ていない。
ベランダには出ない。
廊下にも出ない。
なのに、自分の部屋にだけ、突然出てくるので何とかしてほしい、とオーナーが泣きついてきたというのだ。
襲ってくるとかはないらしいのだが、前振りもなく突然部屋に現れるのがよっぽど怖いらしい。
・・普通は怖いか。
そこんとこ、最近麻痺してしまっている。苦笑
そのオーナーは元々仕事が忙しく自宅に帰ってくることも週に1、2回だったとのことだが、今は全く帰ることが出来ず、ホテル住まいをしているとのこと。(クソ羨ましい。。)
普通のマンションだったら、そんな訴えを所有者がしてきたら、
「〇〇さん、働きすぎですよ。
ちょっとゆっくりなさってください。」
とだけ言い、そっと受話器を置くものだが、ここはタワマンである。
オーナー様のご要望は否定せず受け入れる!が管理会社のモットーらしい。
ただ、否定せず受け入れることはできても、その後の対処法がわからない。
そこまで完璧に出来る管理会社があれば、すぐに転職したいくらいだ。笑
どうにも困ったお客様担当の藤原さんが、元いた会社の上司であった田澤の親分に相談して、俺にお鉢が回ってきた、というわけだった。
「じゃ、開けますね。
洋室スタイルで暮らしているらしいので、
靴のままで結構です。
ではどうぞー!!」
ではどうぞー!って。苦笑
藤原さんが威勢よく、重そうなドアを開けたその時、中から紅茶のいい匂いがしてきた。
開業医のお兄さんは、いい趣味してるな。そう思って部屋の中の廊下部分を歩いて、リビングへのドアを開くと、テーブルに座って普通に紅茶を飲んでる女性がいる。
誰もいないと思って入っていたので、一瞬面食らった。
ふと考えたら洋室スタイルなので、玄関に靴がなくて当然か。
そして玄関で嗅いだあの紅茶の匂いが濃くなっている。あぁ、さっきの匂いはこれか。頭が冴えるいい香りだと思いつつ、自己紹介した。
「あぁ、彼女さんですかね。
ノックもせず失礼しました。
彼氏さんから、お話は聞いていますよね?
この物件の調査をすることになりました、
桑津と言います。」
名刺を出しつつ、スラスラと言い淀みなく言い放ったとき、後ろから藤原さんが声をかけてきた。
「桑津・・さん?
誰に名刺を渡そうとしてるんですか・・
まさか・・そこに!!」
言うや否や、藤原さんはその場にへたり込んでしまった。
いや、この子かい!!!
普通に部屋の中でお茶飲んでるし!!w
くつろぎすぎやろ!!
なんか調子が狂う。苦笑
今までにないタイプだ。
調査開始早々、さっそくタワマンの洗礼を受けた。(違うか。)
後半へ続く。
この物語は、ほぼフィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。
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