茶の彩りが紡ぐ、味わいの物語
昨日、画面越しに見たワイドショーの一コマ。そこには、伊藤園から発売されたという、予約販売限定のお茶「MEGAMI」と「SEIMEI」が映し出されていた。一本375mlで3240円という価格に、思わず目を疑った。高級感溢れるロックグラスやワイングラスで嗜むべきとのことだが、その真価は一体どこにあるのだろうか。
番組では、ゲストとして招かれた芸能人たちが、まずはおなじみの「おーい、お茶」を口にし、次いで「MEGAMI」や「SEIMEI」をそれぞれのグラスで試飲していた。彼らは一様に、その違いに驚きの声を上げていた。
しかし、私は疑問に思う。果たして、彼らは本当にその違いを感じ取ることができたのだろうか。それとも、高価な価格や特別なグラスが、彼らの感覚を狂わせたのではないか。
私たちはしばしば、見た目や周囲の状況に影響されやすい。特に飲食においては、その傾向は顕著だ。高級レストランで出される料理は、ファストフード店のそれとは異なる味わいに感じられる。しかし、それは本当に味の違いなのだろうか。それとも、雰囲気や期待が味覚を左右しているのではないか。
「MEGAMI」と「SEIMEI」は、それぞれ静岡県牧之原市と鹿児島県志布志市の産地から来るお茶であり、その製法や産地の特性が味わいに大きく影響を与えている。深蒸し製法による「MEGUMI」は、そのまろやかな味わいが特徴であり、新品種「SEIMEI」は、香り高く、苦味・渋味が控えめな味わいが特長だ。これらのお茶は、ただの飲み物ではなく、その土地の風土や歴史、そして人々の努力が詰まった「物語」なのだ。
では、私たちは本当にその物語を味わうことができるのだろうか。それとも、価格やブランド、グラスの形状によって、その物語を読み違えてしまうのだろうか。お茶の真の価値を見極めるためには、まずは自分自身の感覚を信じることが大切だ。そして、それぞれのお茶が持つ独自の物語を、心ゆくまで堪能することが求められるのではないのだろうか。
因みに私は、京都福寿園の「伊右衛門」が大好きです。
しかし、個別に何も言われずに出されたお茶が「伊右衛門」か
どうかなんて全くわからないと思います。
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