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鳴くことを知らない蝉

日々の覚え書き
8月が終わろうとしている。
月の初めの誕生日から、3週間以上が経過したことになる。8月は、意識があったようで、どこかふわふわしていて、断片的な情景しか頭に浮かべることができない。最近の私には活力ってものがない。感性が麻痺しているのを感じている。自分のこと、未来のこと、過去のこと、世間体。考えれば考えるほど、もうどうだってよかった。夜の街に出てふらふらと遊び歩いてもどうにも楽しめないし、かつてなによりも美しく見えたモネの絵画だって、灰色に見える。ドナ・サマーの歌声はもう私を癒してくれない。周りに流されるように飲んでいるアルコールの味に、前ほど不快感を感じなくなっている。読破しようと思っていた英語版のジョージ・オーウェルは部屋のどこにも見当たらない。そう言えば、今年は蝉の鳴き声が全く気にならなかった。
というわけで、間違いなく、私の感性の一部はここ数週間、何らかの理由で死んでいるのだと思う。

私は最近、ディズニーの映画、ピーターパンの中で、ティンカーベルが飛べなくなってしまったシーンを思い浮かべる。特に意味はないし、鬱屈としているわけではない。ハツラツとしているかと言われると、それも違うけれど。

数年前に知り合った、美術大学に通う友人と久々に会って話した。彼は就職活動を終え、まさに卒業を待っているだけの状態らしい。彼はその日、同期との懇親会の後に私の元へ来たようで、スーツ姿だった。最後に会った時には、もう少しで結べるほど長かった黒髪はばっさりと短く切り揃えられていた。
「俺にもあったよ、刺激が欲しいって毎日考えた時期が。色々なアートが見たいと思ったし、哲学にも興味を持ったよ。世の中のことを片っ端から批判したかったし、何もしない毎日がつまらなくて仕方なかった。でも今は少し違うかな。早く大学を卒業してもういっそ働き始めたいとさえ思うよ」
ちなみに彼、とても優しいとは言い難いし目も当てられないほど女癖が悪い。が、とても整った顔立ちをしている。私が彼と連絡を取り続ける理由は全て彼の美しさに帰結する。お前、可愛げがないから、もう少し馬鹿なふりしたほうがいいよ。彼は言う。何もわからないふりして、にこにこしてればちやほやされて、忘れるよ。お前いきなり俺に連絡してきて、何も言わないけど。若いうちに尖って考えることなんてしょうもないから、早く忘れなよ。彼はそう言ってトイレに行った。

確かに「しょうもない」かもしれないけれど、私は忘れたくないのだと思う。

空洞か。依存か。これは、概念的な話。酔生夢死という言葉が、よぎっては消えていった。やっぱり、生きるのは、25歳まででいいな。

目を閉じれば、意味を持つようで本当に何の意味も持たない事が瞼の裏に映る。たとえば、ナイトクラブの光、駅で泣いている女の人の声、深夜に見る携帯の画面の明るさ。

数時間夢中になって小説を読んだ時の疲労感、美しい映画を見つけた時の感動、かつて夏が終わるときに感じた寂しさ。
去年は私の手で終わらせた夏は、足を止めてまだこちらを見ている。私の麻痺した部分は、冬になったら取り戻せるんだろうか。それとも、もう完全になくなってしまったんだろうか。
取り戻したいけど。ね。

2022/08/31

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