桜の木の下からブラジルへ

 号外!号外!!
 桜の木の下には死体が埋まっていた!

 死体は地上に出ようと思ったが、このまま上に出ると桜の木をひっくり返してしまう。死体は仕方がないから逆方向から出ることにした。つまり、日本の裏側、ブラジルから。
 ブラジルへの地下経由オンリーの旅は大変だった。地図もスマホもないから方向が合っているのかわからない。暗闇の中、白装束を土で茶色に汚しながらモグラのように這っていく。最初は、いろんな虫がいて見てて楽しかったのだが、体感で1ヶ月くらいするともう虫はいないし爪はボロボロだし岩盤が硬いしで大変だった。だが、予想外の出会いの数々があった。
 現在の世界各地の日本人街にはよく桜が植えられていて、そこに埋められた各地の死体も裏側からの脱出を試んでいたのだ。最初に出会ったのは、スペインかラテンアメリカの、青年か中年の、死体だった。スペイン語っぽいのを話していたし、声的に。
 日本の死体は彼の背中に世界地図を指で何度も描いて、日本のところを何回も押し、「Japanese?」という言葉を引き出した。「Yes!!」と叫んだ。だが、彼は世界地図をざっくりとしか分かっていなかったので、日本の死体に国籍を伝えることはできなかった。
 まあいまさら国籍なんてどうでもいいことだ。この真っ暗な穴倉の中で我々は唯一の仲間なのだから。
 2人は協力して穴を掘り続けた。彼の方は特に急いでもいなかったからか、日本の死体が目指すブラジル行きの穴を手伝ってくれた。次第に死体が集まり、マントルで日焼けするころには計6人がいた。そしてマントルにいた6人も合わせると12人になった。
 12人の死体はブラジルを目指した。
海底から穴を開けたやつが引きこんだ海水を飲んで喉を潤したあと、日本の死体が真っ先にマントルの向こう側の穴をあけ始めると、遅れられねえとみんなついてきた。穴掘り師のプライドが、穴掘り仲間意識が、放っておくわけにはいられなかった。そのころにはみんな穴掘りが上手くなっていたから、後半の作業はかなり早かった。
 もう喋ることもなく、合間合間に適宜休憩をとり、そのまま穴を掘り続けていると、旧友たちにばったり出会った。ミミズ、セミの幼虫、モグラ…………これは、地上が近い!

 死体たちは必死に穴を掘り進めた!!!!もう死んでいるというのに必死に!!一生懸命に!!生き生きと!!
 生前のどの瞬間よりも生きていた。地球の直径、12,742 kmの旅は死に満ちていた。数十メートルという、今の彼ら彼女らなら6秒で掘り抜けられる深さ、ほんのわずかな深さ、それより向こうとなると微生物しかいない。地下は生き物の気配がしなくて、とても冷たかった。まあ、自分も地球規模じゃ微生物だよな、なんて哲学的な思考を始めて、周りの微生物に親近感を覚え始めるくらいだった。
 だがそんな生活も終わる。終わるのだ!
死体たちは、ついに光を見た。マントルと同じ、生命の光。マントルが地球という生命の鼓動する光であるのなら、これは生命を生命たらしめる鼓動を与え育む光。日光。陽光。太陽光。おひさまピカピカパワー。
 死体たちは地上に這い上がった。あまりの急なまぶしさに目が眩む。疲れで目が霞む。目が涙という液体性カーテンを張った。だから、頭ではダメだと分かっていながら太陽を直視しても、海中では日光が弱まるように、ぼんやりと直視し続けられた。英語では、太陽をThe lightと言う。The(当然のアレ)の光、ということだ。ああそうだ。地球人なら絶対に分かる、あの光だ………………ずっと恋焦がれていたんだよ。

 日本の死体は満足するまで太陽を見ると、周りの仲間たちの姿を確かめた。後半戦で合流したのを含めると、35人……よりちょっと多いくらいになっていた。こ綺麗(きったない)なのは新人で、それ以外の11人が昔からの仲間だ。埋まっていたホモ・エレクトスの頭蓋を帽子代わりにしていたやつ、穴を掘る様から自分を犬だと思い込むようになったやつ、犬だと思い込むようになったやつ2人目、穴を掘る音で言語を作った言語学者、まだ円周率を数え続けていたやつなどがいた。みんな正気を失っていた。いや、正気を失っているやつらだったからブラジルまで掘り抜けたのだろうか。卵が先か鶏卵が先か。
 日本の死体は自分を犬だと思い込むようになったスペイン語の死体と歩き始めた。片や二足歩行、片や四足歩行で。30分ほど歩き続けると、日本の死体は膝から崩れ落ちた。スペ語の死体は肘からも崩れ落ちた。
 2人が目にしたもの。メンタルの強靭な(あるいは狂人な)2人の心を挫いたもの。それは……………………コルコバードのキリスト像だった。砂浜に埋まっていた、キリストだった。

 なんと、人類は核戦争を起こしていたのだ。さらには環境破壊も止められなかったため、海面が上昇し、ブラジルの有名モニュメントたるこのキリストが砂浜に埋まってしまった。

 Damn you all to hell!!

日本の死体はそう叫ぶと、その拳を地球に叩きつけた……………………














っていう内容なんですけど、どうでしょうか……」

 僕は漫画家志望の青年。漫画 青年(まんがく あおとし)。今日は漫画の持ち込みに来ていた。
応接室のソファにどっしりと座りこむのは、以前新人賞の件でお世話になった、世話(せばなし)さんだ。

 「やっぱり設定はさ、漫画くんのことだからいいんだよ。世界中の人と穴を掘るってのは最近のブームになってるしね。時事を入れるようにしたのはこの前のアドバイスの影響だね?ちゃんと反映してるし会議に通してあげたい。でも………………」

 「でも………………?」

 「このね、桜の木の下には死体が埋まっているって設定なんだけど……………………桜の木の下に死体は埋まってないんじゃないかなあ?」

 「た、たしかに………………!」

 盲点だった…………!

 「僕もまあ調べたことはないし断言はできないけどさ、桜の木の下に死体が埋まってたって話は聞かないな。それはたぶん、桜の木の下には死体が埋まってないからだと思う」

 ……………………僕はトボトボと帰路についた。そもそもの設定から間違っていた。環境破壊の話を入れてSDGsブームに乗っかろうなんて、みっともない小細工だった。
 僕はチューハイのロング缶を飲みながら散歩をした。このまま家に帰って同棲している彼女に会えるほど、僕の面は厚くない。
 今回の原稿も通らなかった。最高の傑作を作った気分で走って、最低の駄作を吐き出した気分で歩く。いつもそうだ。
 歩いていると桜並木が見えた。吐き気がする桜だった。真夜中の桜のピンク色は今の僕の気持ちみたいに暗くて、なに勝手に共感しやがんだ、と、僕を怒らせた。
 僕はいつも犬の代わりにリードをつけて散歩させてるシャベル(名前はゴロウ)を使って、桜を全部掘り起こそうとした。が、よく見たところどれも桜じゃなくてニラの木だったからやめた。
 有り余るエネルギーの使い先を失った僕は歩き続け、知らない街に辿り着き、深夜も営業している花屋に入った。そこで桜の木の苗を買った。
 苗はマンションの駐車場に植えた。彼女は全力で止めてきたが、「マンションの駐車場に植林しちゃいけないなんて道徳の授業で習わなかった」と突っぱねて別れることになった。
 いや、そんなことはどうでもいい。重要なのは桜の木だ。桜の木の下に死体が埋まっているのかどうか、それは実際に掘り起こせばわかる。そして一から育てれば、絶対に本物の桜だとわかる。完璧な計画だった。
 僕の漫画の才能は花開かなかったが桜はぐんぐん成長して3年後には立派な一本の木になっていた。僕は震えながらゴロウを握り、木の根っこに差し込んだ。そして、思いっきり上に力を込めた。その掘削作業を繰り返した。
 掘っても掘っても、見つかるのは土と、意外と穴掘りはきついという気づきだけだった。
 僕はゴロウを駐車場の壁に優しく立てかけた後、溜息を吐いた。ケラケラと笑った。やっと分かった。桜の木の下には死体など埋まっていないし、僕に漫画家の才能はない。

 漫画家を目指すのはやめて実家に帰る。道具は売る。作品は…………ゴミだ。1円にもなりはしない。

 部屋から紙の束を取ってきてそのまま桜の木の下に埋めた。俺はゴロウと一緒に故郷で生まれ直すんだ。漫画はずっと好きだし、これからも読み続ける。でも今は見たくない。1秒も見たくない。
 自分のクソみたいな作品がなにかの手違いで誰かに読まれることを考えたら、ゴミ箱に入れることもできなかった。

 作品をぶちこんだ後、土を少し被せ、その上に桜の木を戻し、最後に土を完全に被せた。封印完了。この桜はすぐに枯れるだろう。俺の作品を養分にしてしまうから。どの花びらも誰にも見向きされないままひらひらと風に流されて地面に落ちて急ぐ人々に踏み躙られる。

 イラっとして桜を蹴ってからマンションの部屋に戻って荷物をまとめた。俺がそれを終えるのは10分後のこと。俺がマンションを引き払うのは5日後のこと。俺が実家の煎餅屋を継ぐのは2週間後のこと。俺が実家の煎餅屋をコンカフェに改装するのは10年後のこと。俺の漫画がブラジルで流行るのは20年後のこと。

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