玩具の拳銃 【自動書記】

 或る日、私は玩具の拳銃を握りしめながら散歩を始めた。
 別に人を脅かしてやろうと思ったわけではなく、ただ家を出る前に部屋を数秒間眺めるという、強迫性障害に近い私の悪癖によって、それを連れて行かねばならなくなっただけだ。
 その時、私の視線は机の上に置かれた玩具の拳銃に集中してしまった。しかしそうなってくると、私は一生部屋から出られなくなってしまう。強迫性障害というのは、物の配置が少し気に入らないだけで人生が狂ってしまうような病気なのだから。
 時刻は朝の八時だった。通勤通学中の人々に混じって、私の拳銃は風を浴びていた。
 私とすれ違った老婆は、数秒間立ち止まって私を眺めていた。子供も不思議そうに私を眺め、背広を着た男はまるで大臣に向かってそうするように、頭を下げて私に挨拶した。学生は声を出して驚いた後、自分の反応を訂正するように優しく微笑んだ。それはきっと、私を刺激しないための作戦、あるいは死を恐れる心から自然に導き出された行動だったに違いない。
 しかし、そうやって十人十色の命乞いを楽しんでいる最中に、突然警察が私に向かって叫んだ。
「動くな、銃を捨てろ!」
 それを聞いた私は動顛してしまい、すぐに彼の言う通りにしようと思った。だがその時、頭の中で悪魔の声が聞こえた。
「お前は何も悪いことをしていない。お前を悪者だと決めつける人間の方が悪いのだ」
 すると、私の身体に力が漲り、今なら不可能なことは何も無いと思ってしまうような全能感に捉えられた。そして私の理性は支配力を失くしてしまった。
 こんなに自由を享受したことは一度も無かった。私は今まで目に見えるもの全てを恐れてきたのだが、それは私が被害者として世界に参入しようとしていたからなのだろう。驚くことに、銃を握りしめながら、テロリストになった気分で警察と対峙していると、自分の本質というものがよく理解できた。そして私は警察と野次馬どもに向かってこう叫んだ。
「信じろ、信じる者は救われる!」
 そして私は銃口を警察に向けると、引き金を引く真似をした。まるで子供のように、「バーン」と叫びながら。
 しかしその瞬間、不思議なことが起きた。その警察が胸を押さえながら倒れたのである。すると野次馬どもは一斉に逃げ出し、その場に残ったのはもう一人の警察と、その場から動けなくなってしまった数人の女性たちだけだった。
 私は彼らがふざけているのだと思い込み、もう一人の警察にも銃を撃つ真似をした。先程よりも大きな声で「バーン」と叫びながら。
 すると、その警察も胸のあたりを押さえながら倒れた。
「嘘だろ? そんなはずない。ねえ、これは玩具の拳銃なんだよ?」
 私は地面に座り込んでいる女性たちにそう言った。しかし彼女たちは悪魔を見るような眼で私を見つめていた。
 すると徐々に私も自分の持っている銃に疑いの目を向けるようになった。
 もしかすると、これは本物の銃なのかもしれない…… そしてそれを確かめるように、私は自分の手のひらに銃口を押し当てた。すると、骨の髄まで凍りつきそうなほど激しい恐怖を感じた。
「いいや、信じちゃいけない。これは偽物、単なる玩具なんだ」
 そう呟くと、私は引き金を引いた。すると、手のひらに小さな穴が開いて、そこから血が流れ出てきた。
 それを見た私は一瞬の静寂の後、叫びを上げながら走り出した。その場に銃を捨てて。

 もしこれを読む人がいるならば、どうか信じて欲しい。私は玩具の拳銃を持っていたのだ。誰かを殺すために本物の銃を持っていたわけではない。それは現場に捨てられた銃を調べればわかることだ。
 しかし二人の死亡者が出たのは間違いない。私は一度家に帰ったのだが、テレビをつけると私の顔写真とともに、警察官二人の死亡が報じられていた。死因はどちらも急性心不全だという。
 ああ、こんなことになるとは思っていなかった。しかし私は自首しようなどとは思わない。何故なら、私の行動に異常はなく、私を異常だと思った人間が自分自身によって殺されたというだけの話なのだから。どこに私の罪があるというのだろうか?

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