小説|左の窓 #6

千秋せんしゅうの姿」


「はっ……はっ……」

息切れしながら必死になって走る。途中、歩道を歩いていた歩行者とぶつかり罵声を浴びるが構わず走り抜ける。

「みえた、あのビルの……」

結城事務所があるビルが見えてくると、ビルの入り口付近にパトカー2台と救急車が3台止まっていた。その周囲にはギャラリーと駆けつけたマスコミ達が撮影で群がっておりとてもビルの中に入れる状況ではない。

「(何か、あったのか…)」

数分、ギャラリーに紛れ黄色のテープの外から現場を待ち構えていると、ビルの中から救急隊員がタンカで人を運んでいる。運ばれている人の中には上肢がタンカから投げ出されており、ぐったりとしてビクともしない。

そう観察していると、見覚えのある灰色のスーツの小柄な男性がタンカで運ばれている。多くの患者がビルと救急車の間を行きゆく中、一瞬ではあったが目撃したのを内田は見逃さなかった。

「あのスーツ……山本さん……?」

それは2週間前にアパートの契約で立ち会いをしてくれた、山本篤に似ている男性であった。

「おいおい……見間違いじゃねえよな……」

黄色いテープの際ギリギリまで乗り出して、山本に似た男性が乗せられた救急車を瞬きもせずにじっと見つめる。自分が知っている人物の危機に内田の目は大きく見開いていた。

するとすぐに男性が乗せられた救急車が発進し始めた。サイレンを鳴らしながらビルから立ち去ってゆく。救急車の中を確認しようとしたが中はカーテンがかかっており、見ることは叶わなかった。

山本は大丈夫なのだろうか。そんなこと考えている。内田は救急車を追いかけることはせず、見送った。

救急車の影が小さく見えなくなると、目の焦点が合わなくなっていった。今まさに起こっているこの状況がすべてスローモーションに見えたのだ。頭の中は考えることを止めてしまったのだろうか。慌て叫ぶ人々の声、ギャラリー達の噂話………近くでマスコミの実況が聞こえてくる。

「「現場から速報ニュースです!!」」

「「午前11時頃、このビルの6階にある不動産屋の社員全員がビルの地下室に倒れていたことが先程…午後12時頃に訪れた客の通報で判明いたしました!!」」

「「警察が駆けつけた時には不動産屋の社員は皆、既に意識はなかったとのことです!!中には救急隊員の確認では既に死亡している社員もいた様です!!」」

「「ビルの中は特に荒れた様子はなかったようですが、警察は毒物等の危険物を使用した殺人事件も視野に入れた捜索を進めております!!」」

内田は肩を落とし、自分のアパートへ帰宅を試みる。人混みの中を音もたてずに静かにビルを後にした。駐車場へ向かう帰路に、真昼だというのにまるで夕焼けの焼き付けるような赤い日光が、内田の背中を覗いていた。






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