小説|左の窓 #5
「結城不動産屋の事務所」
車を走らせ20分。
内田はアパートの不動産屋に到着した。不動産屋は住宅街の中の古びたビルの6階にひっそりと佇んでいる。
ビルの外見はひび割れが酷く今にも壊れそうだ。
「あの山本とか言うヤツ、名刺渡しときながら電話にも出ないとか…今日休日なのか??」
「まったく、なーにが信頼できるオススメの不動産屋だよ!母さんの情報間違ってるんだが!」
感情的にズカズカとビルに足を運び、エレベーターに乗って6階のボタンを押す。
「…チーン」
6階に到着。エレベーターのドアが開き正面には「結城不動産」の文字がある事務所がある。
「場合によっては警察に通報だな」
そう呟き、事務所のドアを開ける。
事務所の中はシンと静まり返っていた。
「あのー、誰かいませんか?」
明かりはついている……だが、人がいる気配が無い。
「すみませーん!!アパートの相談に来たんですけど!誰かいませんか?」
内田が必死に叫ぶも、叫んだ声が事務所内に反射するだけで誰一人いる様子がない。
受け付けのカウンターや奥のデスクは書類が散らばっており、さっきまで作業していた様子が伺える。
「なのに……」
「事務所の営業時間に社員がいないなんて、おかしいな…」
「俺、今事務所に入ってよかったのか……?」
「君、ここで何をしている」
「えっ…」
背後から声がした為、内田は反射的に後ろを振り返る。しかし、事務所の入り口があるだけで後ろを振り返っても誰もいない。
「あれ、気のせいじゃ…」
「気のせいじゃない、こっちだ」
その声に再び振り返ると、初めて見る白髪の青年が内田を静かに見つめていた。
「ねえ、君は誰?」
「あ、いや、俺は……不動産屋へ用があって……」
「(さっきまでこんな奴いたか……??)」
「そう、じゃあここの社員じゃないってことか」
白髪の青年は内田にゆっくりと近づく。身長は内田と変わらない175cm程度あるが、やや四肢は細く華奢。
「お客さんなら聞いてもしょうがないか、ごめんね、話しかけちゃって」
「ああ、ここに来ても社員はもういないから……」
「関係ない人は帰った方がいいよ、さっさと……」
内田との距離感が4m…3m…と縮まり、歩きながら白髪の青年は左手を内田に向けてかざす。
「お、おい、それはどうして…」
「じゃあね」
白髪の青年が内田の額に手を当てた瞬間。
さっきまで結城不動産屋の事務所にいたはずなのに、気づいたときには自分の車の中の運転席に座っていた。場所は結城事務所近くの駐車場。
「あ、あれ……車の中…?」
「事務所…結城事務所にいたはずなのに、どうして」
内田は今自分の状況が分からず、呆然としていた。
「(俺は白髪の男と話してて……それで……車の中に…)」
「???」
「どういうことだ……?」
内田が自分の状況の整理をしていると車の外から、何やら物音が聞こえてくる。
「ウー、ウー……」
すると次はパトカーが数台、サイレンを鳴らしながら内田が車を止めている駐車場付近の道路を通りぬけていく。
「な、なんだ……外が騒がしいな……」
「……」
「……」
「あっ……!!」
内田は先程出会った《白髪の青年》の事を、その《白髪の青年》が話していた言葉を思い出した。
「「帰った方がいいよ、さっさと……」」
慌てて車を降りると、内田は結城事務所へ走っていった。
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