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婿投げ&墨塗り
温泉むすめトークイベントin松之山の興奮冷めやらない松之山温泉ですが、1月15日には小正月の伝統行事「婿投げ、墨塗り」が行われました。この日がちょうど松之山棚美ちゃんの誕生日当日ということもあり、イベントではなく婿投げ目当てに松之山へ来た温泉むすめファンもいましたし、一旦帰った人も、中には生誕祭からずっと宿泊していた猛者もいました。
元々は松之山の天水越地区の伝統行事だった婿投げ。かつて松之山温泉は雪に閉ざされた寒村で冬場の産業もあまりなく、男たちは冬の間出稼ぎに東京や名古屋へ単身赴任し、正月になると町がチャーターした帰省バスで久しぶりに故郷へ帰ってきたのでした。つかの間の再会となる家庭も多く、正月だけは松之山に祝福ムードが漂います。そんな中で、みんなで酒を飲み、村の娘を取られた腹いせに婿を雪の中へと放り投げ、そして互いの顔に墨を塗り合う、そんな行事が今も奇祭として続いています。
婿投げの前日は地炉にて前夜祭が開催されていました。今年の婿投げは二組。ちなみに現在では婿投げの公募も行われているので、興味がある新婚さんがいらっしゃいましたら応募してみてはいかがでしょうか。
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舞台は松之山温泉の地炉からさらに奥へ進んだところにある薬師堂。普段は石畳の階段が道路から薬師堂まで続いていますが、冬のこの時期はふかふかの雪ですっかり覆われます。近年は雪不足で祭りの開催が危ぶまれる年もあるそうですが、今年はめいいっぱい雪が積もり、婿投げ当日もブリザードのような吹雪が時折襲い、松之山らしい婿投げとなりました。
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薬師堂へ続く斜面には、地元の小学生や報道陣、外国人観光客までさまざまな層の人々が見物のために陣取りをしていました。地元の新婚さんは松之山温泉の方々が担ぎ出し、一般公募の場合は新婚さんが揃えた同行の人々が担ぎ出します。
松之山温泉の方から婿投げの解説があり、まずは一度掛け声の練習をします。リハーサルが終わり、「いち、にの、さーん!」という掛け声とともに、婿が雪の斜面に投げ出されました。雪の上をコロコロと転がり、雪まみれになってお嫁さんの元に無事にたどり着きます。二人の幸せな未来を会場全員で祈りました。
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会場をブラックシンボルの裏手に移動し、今度は墨塗りの行事が行われます。最初は「どんと焼き」と同じく、だるまや門松などの正月飾りや書き初めなどを持ち寄って焼きます。「どんと焼き」自体は日本各地で行われている小正月の行事で、毎年正月に各家へやってくる「歳神」の信仰が発端と言われています。他の地域でもそこで出た灰を家に持ち帰ってばら撒くなどという風習があるそうですが、松之山の墨塗りでは灰をその場で雪と混ぜて墨にし、互いの顔に塗り合い、互いの無病息災を祝うという独特な儀式になっています。
新婚さんが塞の神のやぐらに火を付け、塞の神は勢いよく燃え始めました。事前にお神酒の乾杯や万歳三唱、福みかんの配布などが行われ、号令とともに墨塗りが開始されます。ここぞとばかりに皆その場にしゃがみこみ、雪と灰で墨を錬成して、互いの顔に「おめでとう!」と言いながら塗り始めました。
僕も昨年お世話になった旅館の方々、温泉むすめのファン同士、さらには観光で来ていた外国人の方とまで墨を塗りあいました。これ以上ない異文化コミニケーションです。体験していると面白おかしく、ついつい笑ってしまって豪雪の中でも愉快な雰囲気が漂っていました。
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どんと焼きの行事すら、消防法の関係やダイオキシン問題で取りやめている地域があるそうです。東京ではすっかり時の移ろいを感じられる行事は少なくなりました。個人的な話をすれば元日から仕事でしたし、スーパーやデパートのおせち料理の広告で、うんざりする商業的な正月商戦を目にするばかりです。2月の恵方巻きがフライングさえしてきて、一体なんのための正月なのかわからなくなります。
松之山では小正月の伝統行事がこうして連綿と続いています。町の人も観光客も温泉むすめファンも外国人も警察官も皆無礼講に墨を塗りたくって祝福し合うのです。こんなに楽しく、日本の伝統行事を身をもって体感できる機会はなかなかないと思います。温泉むすめのファンには墨塗りの体験証明書が配られ、里山ビジターセンターでステッカーを貰うことが出来ました。これ以上のエコツーリズムがほかにあるでしょうか。
そして、冷えた体には極上の温泉が待っています。当初は顔が真っ黒のまま公衆浴場に行ったら迷惑なんじゃないかとも考えましたが、まったくの杞憂で、ナステビュウ湯の山では墨塗りの顔のまま入場すると入浴料金が無料という素晴らしいキャンペーンを行っていました。自分は温泉街にある鷹の湯に行きましたが、脱衣所で地元の方から「ずいぶん塗られたねえ」と笑われながら声を掛けられ、終始和やかな雰囲気に。
ボディーソープで顔をごしごし洗ってなんとか墨を落とすことが出来ました。外国人観光客も慣れない手つきでカランをいじっていました。そして松之山温泉の極上湯に浸かります。
長い間猛吹雪に逢い、足元もびっしょり濡れてすっかり体が冷えきっていましたが、日本三大薬湯はあっという間に肌へ染み渡ってきます。子供の頃から温泉が好きでずっと入っていますが、これほどまでに気持ちのいい温泉浴は久しぶりでした。このために松之山温泉があるんじゃないかとすら思いました。浴場に満ちるカモミールのような温泉の香り。「すっかり墨が落ちたねえ」と優しく声を掛けてくれた地元の方。やっと体験できた、人として大切な正月の行事。無病息災への祈り。何もかも満たされ、外は依然雪が吹き荒ぶ中、松之山の限りない温かさに包まれて、僕はしばらくお湯にたゆたっていました。