山陰旅行記 ②三朝温泉
放射能泉とホルミシス効果について
せっかく山陰にいくなら、山陰らしい温泉に入りたい。そう考えてどこで宿泊するか思いを巡らせていたところ、行き着いたのが三朝温泉です。
三朝温泉はご存じの通り世界屈指の放射能泉です。1992年の調査では三朝地区住民のガン死亡率が全国平均の約半数だった結果が出ており、「放射線ホルミシス効果」の裏付けにもなっています。旅行記に入る前に、まずは放射能が一体何なのか、そして放射能泉がどうして人体にいい影響があるのかおさらいしてみましょう。思えば、東日本大震災のあとも放射能に対する誤った知識により風評被害が拡大してしまいました。僕の故郷である福島県の復興が長きに渡り停滞してしまったこと、今でも残念に思いますし、放射能に対する正しい理解は僕の悲願でもあります。
ちょっと化学の授業みたいになってしまって申し訳ありませんが、しばしお付き合いください。なるべく簡単に書こうと思います。
原子番号が等しく、中性子の数が異なる原子を「同位体(アイソトープ)」と言います。同位体には、原子核の構成が安定的なものと、あまりに粒子をため込みすぎて不安定になっているものがあります。
不安定な同位体は自ら余った粒子を放出して安定しようとします。この時に原子から飛び出していく余った粒子やエネルギーが「放射線」、同位体が放射線を出そうとする能力が「放射能」です。放射線を出して安定しようとする同位体を「放射性同位体」と言います。人工的に生み出された元素であるプルトニウムには多数の同位体がありますがそのすべてが放射性同位体であり、中性子をぶつけることによって核分裂し莫大なエネルギーが放射されることから、原子爆弾に応用され太平洋戦争中に広島・長崎に投下されました。
こう書くとなんだか怖いものみたいに見えますが、放射性同位体そのものは自然界にも存在します。特に西日本の花崗岩には前回の記事で書いたケイ素のほかに「ウラン」や「トリウム」が多く含まれています。東日本にも花崗岩自体は分布していますが、東日本の花崗岩はマグマ由来のため、堆積岩由来の花崗岩である西日本のほうがはるかに多いそうです。
「ウラン」はいわば親玉で、崩壊していくと五段階目に皆様ご存じ「ラジウム」に変化します。温泉は岩石の成分を地下水が取り込んで生まれるものですが、花崗岩由来のラジウムが温泉水に微量に含まれる場合があり、ラジウム温泉となるのです。
日本で初めてラジウムを温泉中に確認したのが福島県の飯坂温泉です。その発見にあやかって、独自の温泉卵に「ラヂウム玉子」という名称がついています。くわしくはこちらの記事で。
ラジウムが崩壊するとラドンに変化します。ラジウムは個体であり、ラドンは気体であるという違いがあります。放射能泉が「ラジウム温泉」と言われたり「ラドン温泉」と言われたりするのはこのためです。温泉水中にラジウムが含有していて入浴することで皮膚などから体内にエネルギーを取り込むのが「ラジウム温泉」、温泉入浴中に湯気に混じった気化したラドンを肺から吸入するのが「ラドン温泉」なのです(同様にトロン温泉というものもあり、岩石から人工的に作られることもあるのですが、冗長になるので本稿では割愛します)。
しかし、原爆にも使われているエネルギーを温泉で体内に取り込んじゃって本当に大丈夫なのか、という疑問が当然出るでしょう。あまりに強すぎる放射線に当たると人体は被爆し、細胞は破壊され癌化し、死に至ります。しかし、人体に影響のない微量の放射線だと、むしろ細胞の悪い箇所を除去してくれたり、抗酸化作用や自然治癒力の促進に効果があったりすることがさまざまな研究を通じてわかってきました。ウイルスに対するワクチンも微量の毒ですし、同じような考え方と言えるでしょう。これが「放射性ホルミシス効果」と言われ、三朝温泉ではこの効果に注目し、温泉湯治を積極的に推進してきました。
旬彩の宿いわゆ
旬彩の宿いわゆは伊能忠敬が全国を測量する際に立ち寄った宿です。全九室の三朝で一番小さな宿と言われていますが、部屋は広々としており、特にトイレなどの水回りがしっかり広く、非常に快適な滞在ができました。自家源泉「岩湯」を所有しており、特に女性風呂は地下にあり、地熱で温められラドンの効果を多く期待できるそうです。
さて、国内の著名な放射能泉といえば山梨県の増冨温泉、福島県の母畑温泉、有馬温泉の銀泉などが挙げられます。僕自身も一度訪れて惚れ惚れした放射能泉は新潟県の栃尾又温泉でした。これらの特徴は総じてぬる湯です。有馬の銀泉や母畑温泉などは入浴施設では加温されていますが、増冨温泉や栃尾又温泉では極上のぬる湯に長時間浸かることでラドンを肺から体内で多く取り込めます。
しかし、三朝温泉は泉温67度の高温泉です。いわゆの浴室は熱気が充満しており、熱めの源泉がかけ流されています。世界中どこを探しても、ラドンを多く含む高温泉は三朝温泉、オーストリアのガステイン温泉、イタリアのラコアメノ温泉以外ないそうです。
なぜ高温泉の放射能泉が少ないのか。ラドンは高温だと飛散してしまうからです。せっかく地下水近くの花崗岩にウランが含まれていても、高温の温泉水が地表へ移動し湧出する前に消えてなくなってしまい、温泉の分析をする段階ではその成分が認められなくなってしまうのです。温泉は繊細なもので、循環ろ過をしてもほとんどラドンの効能を得られることはできないでしょう。したがって、ラドン温泉の名泉は源泉かけ流しのぬる湯が多いのです。ぬるめの地下水が新鮮な状態で湧出する源泉に、多くのラドンが残されます。
これで三朝温泉のすごさがおわかりいただけたでしょうか。温度が高いのにラドンの成分を多く含む奇跡の温泉が三朝温泉です。実際に入浴してみると、ラドンを味覚や嗅覚、触覚で感じ取ることはできません。肌の感覚としてはピュアなナトリウムー塩化物・炭酸水素塩泉です。しかし、浴後に汗をたっぷりかき、やたら水が飲みたくなる、そしてぐったりする実感がありました。
そして、旬彩の宿いわゆといえば料理も美味しいと評判です。どんなもんかと期待して行ってみたところ、想像をはるかに超えて素晴らしかったです。
朝食時に仲居さんから「朝は歌蓮ちゃんは良かったですか?」と尋ねられ、一瞬意味がわからず無駄にドキッとしてしまい、実際は「朝食時は部屋からパネルを食事会場へお持ちしなくて結構ですか」というニュアンスだったらしくちょっと焦ってしまいましたとさ。てへへ。
株湯
朝食後、時間があったので散歩しつつ株湯に行ってきました。
源義朝の家来である大久保左馬之祐が三徳山へお参りする際、大きな楠の木の根株に白い狼がいるのを発見しました。この狼を見逃したところ、その日の夢に妙見大菩薩が現れ、白狼を見逃してくれたお礼に病に効く温泉のありかを教えてくれたのです。言われた通り白狼のいた株を見てみると温泉が湧いており、これが三朝温泉の開湯伝説です。
日本一危ない国宝鑑賞と言われる三徳山。三朝温泉は三徳山へお参りする修行者が事前に身を清める場所として栄え、戦後は大型観光地へと発展、放射能泉の効果が研究により進むと、ふたたび湯治場としての役割が見直されています。
株湯は岩湯源泉と源泉が異なり、単純放射能泉でした。こちらもかなり熱めのお湯で、寒い朝でしたがあっという間に体が温まりました。株湯は三朝発祥の地として今も愛されています。
三朝ヨーグルト
鳥取の名産品「白バラ牛乳」を利用したヨーグルト製品を提供するカフェが三朝温泉街にあります。ねっとりとした味わいが楽しめる各種飲むヨーグルトのほか、バターサンドクッキーやカッサータなどがあり温泉散策の途中に小休止するのにもってこいと言えるでしょう。週末は夜営業もしており、夕食後に食べる「罪悪感のない夜パフェ」なんかもあるそうです。
滞在すると三日目の朝には若返ることからその名が付いたという三朝温泉。夕方から翌朝というわずかな滞在ではありましたが、温泉のシンボルである三朝歌蓮ちゃんが町のいたるところに点在していてとても楽しめました。まだまだ廻れてない施設もありますし、いろんな源泉とその源泉を享受できる温泉浴槽があるそうなので、またぜひ訪れてみたいと思います。なかには源泉を足元湧出で実感できる宿もあるそうで、このスタイルであれば高温泉でもラドンを逃すことなく体内に取り込めそうですですね。
カニ食べたい、カニ。