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「生き心地の良い町」 自殺の最希少地域。そこは幸せでも不幸せでもない町だった。

「生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由がある」岡檀(おか・まゆみ)/講談社

 自殺希少地域 徳島県南部 海部町(現・海陽町)の調査の旅の記録

 秋田県が自殺率ワーストに返り咲いてしまいました。
 自殺率だけじゃない。
 死亡率自体がトップ。がん死亡率、脳血管疾患死亡率も軒並み1位。
 逆に、婚姻率や出生率は最下位。

 コンクリートジャングル。弱肉強食。隣人が誰かも知らない。そんなイメージで捉える東京や大阪など大都会じゃなくて、人の関係性が強いと思われる地方において、自殺率は高い傾向にあります。

 個人属性で見ると、自殺者の大半は中高年の男性。生存競争の矢面に立ち続け、家族を守ろうとした末の斃死。
 国は自殺対策を続けているが、自殺率はOECD38か国中6位と、成果が出ているとは到底言えない。    
 秋田県もかつてのワーストの汚名返上に努力してワーストを逃れてきたが、願いはまた敗れたのです。

 この本の著者、岡まゆみさんは社会人の社会学修士研究生。
 自殺が希少な地域・町があると知り、自殺対策の研究の対象にしようとします。しかし、周りの指導教授たちに大反対され、学外の研究者にも無視されます。
 科学研究という立場では「ないこと・起きていない理由を明らかにすることはできない」が基本だからです。

 だから、国の対策はもっぱら自殺率の高い地域を研究して原因を探り、対策を検討するというものになる。

 でも、岡さんはどうしても気になった。

 自殺が極端に少ない上は、「自殺予防因子」というものがあるのではないか。自殺が起きない条件を明らかにして、それを各地で実践していけばいいのではないかと考えた。
    考えればあたりまえのこと。
 「ない」ことが、「ある」理由になる。それでいいではないか。
    学問世界の王道から外れた手法であろうとも、彼女はかまわず行動を起こします。

 周りの支援がない中、岡さんはとにかく自殺率が極めて低いという町、徳島県海部町(現・海陽町)に出かけます。

 岡さんは、次のような仮説を携えて海部町を歩き回ります。

「人の結びつきが極端に濃いのではないか」
「町の人の幸福感が強いのではないか」
「福祉政策が行き届いているのではないか」

 しかし、それらすべてはことごとく裏切られます。
 調査によると、近隣の町村と比べ、海部町の人たちは、抱く「不幸感」は確かに最も低い。しかしなぜか、「幸福感」も一番低いのです。
   岡さんはその足で次々と意外な実態を明らかにしていきます。
 「赤い羽根」募金などには確信めいた不信感を持っていて、やる人が少ない。
 老人クラブの参加率がことさら高いわけでもない。
 特別支援学級の設置などにはむしろ反対の声が大きい、などなど…。

 そして、岡さんはこの町に「5つの自殺予防因子」を見いだしていきます。 

・人はそれぞれや。(多様性。コミュニティは入退会がしょっちゅう)
・肩書ではなく人物で決めんと。(地位・学歴ではなく素の能力)。
・どうせ自分なんて、とはつゆ思わんな。(自己効力感)。
・病は市に出すもんや。(悩みをやせ我慢せず、人に話せ)
・町の全員のこと知っとるが深くは知らん。(豊かだが淡泊なコミュニケーション)

 自殺予防因子って、人と人との関係がどうあればいいか、ということでもあります。
 
 他人なしでは生きられない。その他人が常に問題となる。それが人間存在の宿命。
 ならば、他人にいつも気にしてもらえながら、束縛もされない。
 まことに勝手な欲求ながら、それが理想のバランスじゃないか。

 岡さんが海部町の人たちに見たのは、何事にもあっさりとした粋なカッコよさ。

 「わしらみんな、弱っちいのに強がりの、ええカッコしィや。しょっちゅう、でも遠くからくっついとくのがええ」

 岡さんが町で出会う人たちはすこぶる暖かくもカッケーな人たちばかり。
 この本は、町で出くわしたいろんなエピソードを交えながら、まるで旅行記か小説のように、臨場感豊かに町のあり様を描いていきます。  
 すぐにこの町に行ってみたい、と思わせる、なんとも楽しい読みものなのです。

 どんな指南本よりも、読むだけで自殺する気が失せてしまう。
 名文も楽しめる、まさに快著です。



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