ま軍記 第五話「夜明け」
LoveCherishの現場から、まちだ君は姿を消した。
「アイドルには地上も地下もない。
好きになったら地上も地下も関係ない!」
そう強弁し、ライブに行き、特典会に行き、EPS撮影会に行っていた男が、LoveCherishの全ての現場に行くことができなくなってしまった。
ま軍は総大将を失った。
まちだ君が姿を消して10日ほど経った10月28日の金曜日。
ハロウィンの季節を迎え、LoveCherishのライブは華やかなコスプレ衣装で行われていた。
秋葉原でのライブ後、ま軍の面々が推しの可愛さに浸っていたところ、瀕死の大将から連絡が届いた。
「離婚をします。」
「僕にはもう応援する資格もありません。」
「離婚するなら応援に専念できるだろ」「空気読め」と言いたいところを我慢して、ま軍の面々はまちだ君を励ます言葉を投げかけた。
特に、傷心のまちだ君に朝まで付き合い、飲み明かしたのがはとまさんだった。
はとまさんとは、そんなに長い付き合いではない。
1年ほど前にハロプロのヲタクの飲み会に、夫のカルメンさんと一緒にいて、そこで挨拶したのが初めてである。
その後、何度か飲みの席で一緒になるのだが、とにかくお酒が強い。
音楽や文学、芸術方面に造詣が深くて、とにかくお酒が強い。
外見は爽やかな女性だけど中身がおっさんで、とにかくお酒が強い。
とにかくお酒が強い、はとまさんがLoveCherishの現場に現れたのは、大塚が聖地となった7月のあの日の1週間後、8月3日のことだった。
はとまさん夫妻は会場の大塚の近くに住んでおり、そもそも大塚の街で飲むことが多いのだという。
お二人に我々はチェキ券を渡した。
はとまさんは成瀬澪さんとチェキを撮り、それ以来、成瀬澪さんとらぶちぇりの沼にハマっていった。
ま軍の総大将代理、はと「ま」さんはこうして生まれた。
まちだ君は酔おうとして酒を飲み続けた。泥酔してしまおうとしていた。
バーで飲み、大塚の街を彷徨い歩いて飲み、結局自宅には帰らず、カルメンさんとはとまさん夫妻の家のソファーで眠った。
つくづく迷惑な総大将である。
2日後の10月30日、LoveCherishさんはハロウィンのネコ耳ライブを行った。
(いやー、兎丸さん、本当に可愛い)
その特典会に、迷惑な大将こと、まちだ君がEPS撮影会に行けなくなって以来、10日ぶりに現れた。
ハロウィンの華やかな雰囲気とは対照的に、まちだ君は憔悴しきっていた。
10日間の事情を推しの志田さんに説明し、リーダーの兎丸さんにも説明していた。
兎丸さんはまちだ君を励まそうとしていた。
泣きながら「(離婚をするとかしないとか決めつけないで)決断を変えてもいいんだ、人間だからコロコロ意見が変わってもいいんだ」と、まちだ君に語りかけていた。
アイドルを泣かせるなんて、本当に許せない。
その日も、まちだ君は離婚届を前に、深夜まで嫁と話し合いを続けた。
結論の出ぬまま、話し合いは平行線を辿った。
嫁が寝てしまった後、まちだ君は一人で、ある物を書き始めた。
「志田千鶴志田千鶴志田千鶴志田千鶴志田千鶴志田千鶴
志田千鶴志田千鶴志田千鶴志田千鶴志田千鶴志田千鶴
志田千鶴志田千鶴志田千鶴志田千鶴志田千鶴志田千鶴
志田千鶴志田千鶴志田千鶴志田千鶴志田千鶴志田千鶴」
まちだ君は、推しの名を書いた。
それも何十、何百と。。。
10月31日、ハロウィンの喧騒がピークに達した渋谷に、「それ」は現れた。
この日もLoveCherishさんはコスプレでのライブを開催していた。
(いやー、この日の兎丸さんも本当に可愛い)
ハロウィン当日ということもあり、フロアのヲタクの中にもコスプレをする人がちらほらいた。
その中に、僧侶のコスプレをしている者がいた。
しかし、ただのお坊さんではない。全身に文字を刻んでいた。
「志田千鶴志田千鶴志田千鶴志田千鶴志田千鶴志田千鶴・・」
お経の代わりに、全身に推しの名を刻んだ耳なし芳一がそこにいた。
当時の様子を見た人たちにその時のことを聞いたことがある。
「どんなヲタクだと思ったら、まちだ君でびっくりした」
「正直、ステージ上もドン引きしていた」
「耳なし芳一の体に、自分の名前が刻まれていた気持ち分かる?」
結局、まちだ君は嫁と「絶対に嘘をつかないこと」を約束した。
さらに、土日は嫁を優先させることで離婚を免れることとなった。
アイドルのライブに行くときは事前に申告することとなり、まちだ家のカレンダーにはLoveCherishのスケジュールが書かれるようになった。
こうして、まちだ君の離婚騒動は一先ず終焉を迎えた。
まったく人騒がせな話である。
ま軍がガヤガヤしている間に、ハロウィンの季節が過ぎ、11月を迎えた。
いよいよLoveCherishの1stワンマンライブが直前に迫っていた。
次回、第六話「漢 本宮」へ続く。
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