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現代の教養のための大学入試小論文 #18 ~医薬品の知的財産権~
ごきげんよう。小論ラボの菊池です。
今回は「公衆衛生のために使われる医薬品に知的財産権はあるか」というテーマです。異なる二つの視点からの意見があります。
キーワード
医薬品の特許における強制実施権
世界貿易機関(WTO)協定で認められた、緊急時に政府が独自の判断で特許の利用を国内企業に認める権利のこと。2001年にカタールのドーハで開かれたWTOの会合で「国民の生命を脅かす感染症などの治療薬に限って自国内の生産を認める」ことが決まった。
説明と要約
医薬品の特許における強制実施権は、感染症に苦しむ発展途上国と、特許を持つ欧米の製薬会社との対立を解決する方法として生まれた。途上国側に立ち、欧米との交渉の先頭に立ったのはタイとインドのアジア勢だ。この権利によって、感染症の被害が深刻なアフリカでも国内の医薬品生産が進みつつある。エイズ治療薬やインフルエンザの治療薬に対して強制実施権が発動された例がある。こうしたアジアの積極姿勢は、途上国の貧しい患者が命をつなぐ機会を提供している。
一方で、新薬の開発には一般に10年以上の歳月と数百億円の開発費が必要といわれる。特許による保護で開発コストを回収しなければ、次の新薬開発にも支障が出かねない。だが、新興国で高い医薬品を売り続けると、今度は国家の反発に遭いかねないグローバルな製薬会社は、現地企業との販路開拓や柔軟な価格設定で対応しようとしている。企業にとって特許や技術などの知財は、利益を生む源泉だ。その利益が研究開発を支えている。
知財分野で繰り広げられるグローバル企業と国家のせめぎ合いは、先進国と新興国の対立の写し鏡ともいえる。国益がぶつかる中、企業は生き残るためにしたたかな知恵が求められる。
出典
「感染症と闘う 東南アジアから(中) コピー薬 自前で生産―特許問題超え低所得者救済」2007年2月7日付『日経産業新聞』11頁
「グルーバル時代 企業とルール(上)知財保護 新興国と摩擦」2013年5月6日付 『日本経済新聞』朝刊 1頁
出題校
大阪工業大学知的財産学部(普通科高校特別推薦入試)
解説
知的財産権は、研究などの結果生まれたモノやサービスの価値を保護するための権利ですが、グローバル化の進展に伴い軋轢が生じています。今回の強制実施権もその一つです。公衆衛生のため、つまり人々の生命を守るためには、知的財産権に守られた高価な薬剤を自前で製造することをもいとわないのをどう判断すべきでしょうか。製薬会社にとっては、仮に強制実施権が乱発されたとすると、大きなコストを費やして薬剤を開発した意味がなくなってしまいます。とはいえ、高額な薬剤をそのまま発展途上国で売り続けるのは国家間の衝突を生みかねません。製薬会社は、国家という大きな権力と渡りあいながら、自身の利益を追求するという困難な課題に直面しているのです。今般の状況においても関連してきますね。
拙著もよろしくお願いいたします。それでは♨
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