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粉砂糖の街が溶ける前に ― ジンジャークッキーイブ【ショートショート/425文字】

夜、ぼくは甘く危ういスパイスの呼び声に抗えず、深い闇の路地を曲がった。

すると、飴細工の灯りに照らされたクッキーの街が浮かび上がる。

思わず息をのむ。

「物好きだね、こんな所まで来るなんて」

小さなクッキーが、首元に小粋な飾りを揺らしながら笑う。粉砂糖が敷かれた道を踏むたび、さくっとした微かな音が足元をくすぐった。

劇場からはバターの香りが広がり、シナモンの煙が舞う。そこで、クッキーたちは小さな楽器を奏でる。弾む音色と裏腹に、瞳には切なさがにじむ。

「夜明けには食べられるんだ」

ぼくは息をのんだ。それでも彼らは踊りをやめない。誰かを笑顔にするため、その限られた命を捧げるかのように。

やがて、スパイスの香りが濃密になるにつれ、壁がじわじわ溶け始めた。

見届けるしかない、と覚悟を決めたぼくの肩に、粉雪のような粉砂糖が降り積もる。灯りが消えていく瞬間、クッキーたちの笑顔は一段と輝いていた。

何が真実かはわからない。

ただ、この光景だけは、確かにぼくが見たものなのだ。



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またこのショートショートは、たらはかにさんの【毎週ショートショートnote】お題は【ジンジャークッキーイブ】でした。


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菊池ショートショート|SF×エンジニア
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