韓国ひとり旅 - 韓国人同僚の優しさ
30歳手前女子。職業会社員。初めての韓国、ソウル。
元々韓国ドラマも観ないし、K-popも聴かない私が、またすぐにでも韓国に向かって飛び立ちたい!と思う程に楽しく充実してたので、旅の経過と感想を、思い出せる限り綴っていくことに決めた。
最近の華やかな韓国ブームにはあまり縁がなかったが、少なからず歴史や国際情勢に関心のある私にとって、やはり日本が朝鮮半島を侵略、併合し、植民地化していた過去は無視できないものであり、旅行前に読んだ一冊も戦後ご活躍された詩人、1976年頃に韓国語を習い始めたという茨木のり子さん著作の『ハングルへの旅』である。その中では日本人による日本国内においての朝鮮人差別にも触れており、中でも関東大震災時に言葉の発音で在日朝鮮人を見分けたというのが私の中に強い印象として残っている。茨木のり子さんは逆説的に聞いたのだ、ハングルを綺麗に発音できないことで素性が明かされることに怯えることを想像できる日本人がいるだろうか、とそういった内容であった。
話を旅に戻すと、実は私の勤めている会社の所属部署には色々な言語のチームがあり、そのうちの韓国語チームには常日頃からとてもお世話になっている。既にタイやマレーシアのオフィスにはお邪魔しており、いつか韓国人の同僚達とも直接会いたいと思ってきた。そしてこの度、日本語チームの同僚と思いつきで有給をとり、二泊三日か三泊四日ぐらい韓国へ行こうと決めた。しかし、その一緒に行こうとしていた同僚が急遽行けなくなったので、予期せず一人旅。とは言っても元々飛行機は別に取ろうとしていたし、私の旅はいつでも無計画。直前に色々決めるので、一人でも意気揚々と旅立った。
今回はバケーションではなく旅である。思いつきで勿論貯金もないので、どうせ現地では使ってしまうのだから、飛行機と宿でできるだけの予算削減を試みる。諸々安くしようと思って平日のど真ん中から有給を取得。飛行機は成田国際空港から仁川国際空港へジンエアーのエコノミーで往復22,850円。東京都心に住んでいるので、いつもは羽田空港を使うが、とにかく安かったし、帰りはバスに乗れば帰路も辛くないだろうと考えて予約した。
宿泊施設は格安予約サイトで割引特典も使い三泊を20,000円以下。仕事終わりの同僚と会いやすいように、会社のソウルオフィス近くのホステルにした。個室でもカプセルホテルでもないドミトリー系の宿泊施設が沢山選択肢に上がってきたが、流石に学生でもバックパッカーでもないので、精神安定と安心感の為に、個室とプライベートシャワー・トイレは確保した。しかし、ホテル滞在は私には少し高いので小汚いホステルである。例えば同僚と割り勘だったら、同じ予算で綺麗なホテルに泊まれたけれど、一人は一人でとても良いものであり問題はない。
東京都心から成田空港へ向かう電車が正直この旅で一番疲れた。慣れていないと電車の長い乗り継ぎはきついのである。ようやく日暮里駅に辿り着き、スカイライナーの特急があることが救いであった。兎にも角にも成田空港へ無事到着。航空チケットを予約した際、これまた人生初めてラウンジのチケットが無料でゲットできた為、有り難く朝食サービスをもりもり食べる。みたらし団子が特に嬉しくて、ここでエネルギーが少し回復。
ジンエアーは安い割に、サービスに不備不足はなかったし、偏見かもしれないがキャビンアテンダントが美男美女でとても優しく、フライト自体も晴天で風がなかったためか、とても快適であった。辿り着いた仁川国際空港は清潔で、手続きもスムーズ。まだ街を見ていないのにこの時点で既に心が踊っている。
初めての韓国だが、特にパンフレット等は一切買っていない。調べ物は全てインスタグラムでインフルエンサーのおすすめのお店をGoogleマップに保存していくだけである。結局、Googleマップは韓国ではあまり性能がよくないとのことなので、Naverマップとその他翻訳系アプリをダウンロード。Wi-Fi等に関しては、海外でも短期滞在ならそのまま使えるドコモのahamoを利用している為、スマートフォンやインターネットの使用に一切の問題も手間もなし。
ここ数日はインスタグラムでソウルのグルメスポットばかり眺めていたため、空港に到着した時点でもうとにかく食事が待ちきれない。先ほど述べたように、成田空港のラウンジでもがっつりお蕎麦やみたらし団子なんかを頂いていたにも関わらず、とにかく私の脳と舌が韓国料理を求めている。しかし今夜は会社の韓国チームメイト数人とのディナーがある。時刻はお昼過ぎ、早速空港でチェーンでも高くても何でもいいから韓国料理を食べたいと思ってしまう気持ちをグッと抑えてまずはパン屋さんに寄ることにした。何の期待もしていなかったのにこれがびっくり。
店名は「PARIS BAGUETTE(パリバケット)」というのに、日本でもパリでも見たことがないような可愛らしいパンたちがきれいにビニールに包装されて並んでいるのである。例えばサクサククランブルを纏った長いソーセージパンとか、モンブランみたいな形のクロワッサン系のパンとか。正直全て試してみたい程だったし、冷蔵ケース内に並んだサラダやサンドウィッチもどれも魅力的。少し調べてみると、韓国最大のチェーン店で、国内どこにでもあり、海外にも出店しているのだとか。韓国旅行慣れしている方や、韓国在住の方にとっては何ともないのだろうけれど、日本のパン屋とは違う可愛らしく清潔感のある感じにすっかり魅了されてしまった。夜に予定があり、お腹がいっぱいにもなりたくなかったので、スイーツ系とセイボリー系を一つづつ買って空港で食べてしまうことにした。
まず選んだのはアーモンドシナモンプレッツェル。大体10cmごとに食べやすくカットしてあり、上にコーティングされた薄切りアーモンドとシナモンシュガーがまるでビーズの飾りのように可愛らしかった。食べてみるとプレッツェルの弾力が素晴らしく、中はクリーム入ってる?と錯覚するほど柔らかい。比較できるほど普通のプレッツェルを食べたことが無いのが本当のところだが、食べやすいのに満足感が高くて決してトッピングも甘過ぎず、結構なボリュームなのに次から次へと手を伸ばしてしまうような美味しさだった。
もう一つはクロックムッシュのようなベーコンに巻かれたトーストで、黄色味がかかっていたのでフレンチトーストのような作りかな、と思って買ってみたがかぶりついて見て驚いた。何と中にたまごサラダとケチャップ、そして刻まれたピクルスが挟まれていたのである。これもまた食べていて楽しい一品だった。パンのクオリティや味に驚くというより、何とクリエイティブなのかとそこに感嘆。ただシンプルなのではなくて、食べている側を見た目も味も喜ばされるような工夫がある気がしてならない。あとはパンがほんのり甘く、癖になりそう。勿論、ヨーロッパのパンとは別物であり、日本のパンとかスイーツに近い感じである。日本のパンは普通に美味しくて、質も悪くなくて、でもなんだか見た目だけ可愛くしていたり、日本人の味覚向けに寄せてるのか、ヨーロッパのパンを目指してるのかどっちつかずというのが多い気がしていたので、こんな可愛くて、食べやすいサイズのパンのお店が日本にもあったらな、と思ってしまった。
小腹満たされたところでバスに乗り、まずはホステルに向かう。英語でモニターと睨めっこしてくれたらスタッフさんがすぐに助けてくれた。バスに荷物を乗せてくれるスタッフさんも運転手さんもとにかく親切。海外旅行あるあるの空港スタッフの雑な感じがそんなにない国である。バスがターミナル1からターミナル2まではまさかの一人だったが、ターミナル2で沢山人が乗り込んできて一気に韓国らしくなった。こちらの人は良く声が通る気がする。あまりにも明るく朗らかに楽しそうにー会話をするので、こっちまで楽しい気分になってしまった。日本人はこんなに屈託なく公共の場で大きな声は出せないだろう。それがいいところでもあるのだけれど。明るい声音ばかりでなく、時々聞こえてくる、愛想のなさそうな強い語気も期待通りで楽しい限り。空港から市内に向かう間、時々アメリカで見るような赤い岩壁が緑の間からのぞいているので驚いた。日本とは地理的には近いがやはり大陸続きの半島であり、湿度の低い気候なのかもしれない。思ったより日本と緑の感じが違うし、過ごしやすい気候である。たまたま6月頭の良い時期だっただけかもしれないが。
仕事終わりの午後6時過ぎ、ソウルオフィスから同僚が3人、私の泊まるホステルに迎えに来てくれた。初めて直接会うとはいえもう、一年以上も同じチームで働いており、そのうち一人は日本語ができるので、私がチームに加わった際に大変お世話になっていた。写真では見慣れた顔を直接目にすると、不思議と懐かしいような、遠い親戚に遂に会えたような嬉しい気持ちのするものである。インスタグラムで見てカンジャンケジャンが食べたいという私を、広蔵広場に連れて行ってくれた。ちなみにカンジャンケジャンとはワタリガニを醤油ベースのタレに漬け込み熟成させた韓国料理である。韓国に馴染みのある人は皆知っていて、私は何度か耳にしたことはあるが、実際に食べるのも見るのもこれが初めて。
広蔵広場には観光客ばかりかと思えば、逆に現地の方ばかりである。中年の男女のいかにも仕事終わりといった集団が、楽しく談笑しながら美味しいそうに食事をしている。その様子が何とも人間らしくて普段見慣れていない光景であるので、不思議と感動してしまう。私は人間らしい付き合いに飢えているのだろう。日本での生活は人と人の間に心地の良い距離感があるが、それが転じてとにかく寂しい。広蔵広場は赤煉瓦の古いアーケード下で、広さがあった。同僚によれば一部には2階があり、古着屋さんが多いのだとか。
同僚たちは私に色々なものを食べさせたいと言ってくれて、カンジャンケジャンは座れるお店には入らず、まずは店頭で立ち食いできるところで頂くことになった。
人当たりの良い店主のおじさんは黒い醤油ベースの漬けだれの中から蟹を二匹引っ張り出し、奥さんと思われる女性が奥で食べやすいように準備をしてくれる。タッパーにビニル袋を何重か重ねた上に蟹の身とオレンジ色の卵にご飯を少量のせて、足は指で押して食べれるようにカットしてくれている。ビニール手袋とスプーン、自由に使えるウェットティッシュを渡してくれたので、立ち食いといえども一切手を汚さず楽しむことができた。そういう行き渡った気配り、例え市場の一角であっても気軽に衛生的に食べれるように徹底されているところが本当に良い。
店主によれば、1950年頃からやっているお店で、最近Netflixの番組で紹介されたのだとか。1950年といえば太平洋戦争直後ではないか、とか、朝鮮戦争時はどうしていたのだろう、とか、ずっと大変な時代を生きてきたのであろう彼らの歴史が気になってしまう。しかし私は日本人の観光客である。個人的な興味でそんな不謹慎な質問はできず、同僚との空気感も壊したくない。自身が加害国出身であるというのは、アジアの諸国を訪れる限り、ずっと心の底で意識しており、ふと昔の話、例えばお店の歴史などを話されるとすっと心が沈んで揺れる。日本人の中には何も知らない、考えない人も多いのだろうし、わざわざ口に出す必要もまるでない。しかし、無視はできない、この感覚は恐れかもしれない、怯えかもしれない。
さて、人生初のカンジャンケジャン。味に関しては案外癖がない。蟹の足にはオレンジの卵をかけてくれていて、押し出すと醤油色に色づいた、透明でぷりぷりの身がたっぷりと出てくるところを慌てて口で受け止める。同僚と二人で思わずうんうんとうなづいて味わい、国籍や食文化が違えど、蟹を口にした時のリアクションが同じでこっそりと楽しくなる。片手では足の先の方までうまく食べれないのがもどかしい。結局同僚の真似をして両手を使って殻を剥き、齧り付いてみた。足の身も美味しいが、卵がたっぷりかかって白米を添えた蟹の腹の部分の美味しさは格別である。蟹の卵の旨み、蟹味噌の旨み、足から絞り出した身を少し足して、白米がくどさを抑え、僅かな甘みを提供することで完全なバランスの取れた美食になるのであった。店主はヤクルトにストローをさして出してくれ、お店で売っている細いタコの足のキムチのようなものも食べさせてくれた。これがとても美味しくて、思わず買いたくなってしまったが、私が止まっているのは部屋に冷蔵庫がないホステルである。韓国滞在1日目にしてなまものを買うわけには行かないので諦める。
次に入ったお店では、表面カリカリ、中は柔らかなチヂミと日本では見ないような太いトッポギ、そして同じく日本では見ないような指ほどに細いキンパを頂いた。それぞれ結構な量があるので4人でも食べきれなかったのだが、ユッケが好きな私の為に、もう一件紹介してくれるという。無理をせずに残して、と言われて、実際には殆ど味見しかしないまま店を出た。韓国の文化では食事を残すことに罪悪感はないようである。郷に入れば郷に従えなので仕方がないし、この時点でもう結構お腹がいっぱい。
最後のお店では大好きなユッケと、これまた初めて頂くタコの足の踊り食い、サンナッチを頂いた。踊り食いと言ってもタコの足は一口大に切られているため、思ったより食べやすい。まあそれでも見事にくねくねと動いている。箸にも口内にも絡む為、食べにくいのだがこれがまた何とも言えない美味しさである。味が美味しいだけではなく、食べるのが楽しい。ごま油を塩だけで頂くのも良い。添えられていた貝割れ大根もよく合う。ユッケも大皿で出てきて、上に白い梨の千切りが乗っている。同僚によれば、ユッケは冷たい食べ物だから、消化のバランスを取るために梨を合わせるのだという。梨の甘みと貝割れ大根、新鮮なユッケに、動く蛸足を合わせるこれもまた、ちびちびと食べ続ける箸と匙が止まらない。
市場を歩くと、タイで見るようなカットフルーツをカップに詰めてそれをそのままジュースにしてくれるお店も幾つか並んでいた。タイのように湿度がないので、より清潔感があり、試してみたかったがもうお腹がいっぱいである。甘い系の揚げ物や焼き物なんかもとても美味しそうで、全てが気になる私に同僚が小さなたい焼きを買ってくれた。日本のと違って白玉粉か餅粉を混ぜているのか、もちもちとした生地でできており、ずるいぐらい気が利いているのである。行列ができる話題の揚げ物系スイーツのお店などもあり、全てを試してみたいが正直胃がいくらあっても足りない。
さて、食事を終えてもまだ夜8時前、数日の間韓国で何をするのか聞かれ、王宮と韓国村に行きたいのと、つい今朝、成田空港でインスタグラムから垢すりのお店を予約をしたぐらいで、特に他は決めていないと答える。本当は行きたいユッケのお店も他に幾つかあるのだけれど、たった今美味しいユッケをご馳走になったばかりなので頑張って行く必要もないかもな、と思い始める。そのまま同僚達がソウルタワーの話を始めたので、ふざけて今から行ける?と言ったら予想以上に高反応で、本当に4人で向かうことになった。
韓国では驚くほどにタクシーが安いようで、市場を出て迷うことなくタクシーを捕まえる。4人で割ればそんな負担でもないだろうし、タワーまでタクシーに乗るのかな、と思えばミュージカル等を上演する劇場の近くのバス停で降ろしてもらう。聞けばタワーまでの坂道はバスでのみで上がれるのだとか。同僚の一人はソウル出身で近所に実家があり、仕事前にこの緑に溢れた坂道を散歩し、珈琲を飲んで過ごすこともあるのだという。何と素敵なのだろう。韓国の木々は日本では見たことのない形をしたものも多かった。
バスの中では土地名の話になり、ハングルは読めないが、漢字の土地名は覚えやすくて助かると伝えたところ、丁度30から40代の同僚達は、自分たちの世代で漢字の教育がなくなり、ある日新聞も全て漢字を使わずハングルだけになったのだと教えてくれた。そうして同僚の一人はハングルだけで充分だし、漢字を習うのは個人の自由だけど正直必要ないと言い切り、ハングルに対して強い誇りを持っている様子である。
ハングルを習っていないので、かなやアルファベットのように音だけを表すのか、漢字のように意味も含むのか知らないのだが、歴史的には比較的新しい書き読み言葉であり、学者によって計画的に作られた文字だと理解している。漢字を共有できないことに寂しさは感じるが、やはり、考えてしまうのは占領下で日本語教育を強いられてきた人たちの子孫であるということ。もう一人の日本語を話す同僚が、漢字をあまり習わなかったから日本語を学んだ時大変だったと言って、ハングルの話はおしまいになった。
さて、バスでぐるぐる登ってみれば、ソウルの夜景がとても美しかった。ソウルタワーの色は何と空気のコンディションによって色を変えるようで、その日は綺麗なブルー、空気が良い日らしい。同僚は中国からのPM2.5の影響について訴えており、韓国では大きな問題なのだと知る。延々と続く東京の夜景に見慣れた私にはソウルはずっと小さくて、山々に囲まれているので自然の要塞都市のように感じたし、東京よりもずっとネオンの色がカラフルに感じるのが印象的だった。タワーの麓には手すりに沢山ハート型の鍵がついているスポットがあって、恋人たちが愛を誓い合う場所になっているそうだけれど、同僚が殆どはもう別れてると思うけどね、とジョークを飛ばしていたのが面白かった。
平日の夜だというのに、親切な彼らは私を明洞にまで連れて行ってくれて、沢山の屋台の景観を楽しんだ。丁度よくアジア的な雑多な感じと賑やかさがあるのに、見る限り、道や食べ物には圧倒的に清潔感があり、全てにおいてセンスが良く可愛さを極めた感じ。やはり生き生きとした街である。
同僚は世界中の女性観光客に人気の明洞のオリーブヤングというヘルス・ビューティストアに連れて行ってくれ、クーポンがあるからと、私が考えもなしに手に取ったものを買ってくれたあげく、わざわざ帰り道でもないのに一緒に電車に乗ってホステルまで送ってくれた。市場での食事も全て払ってくれたのである。このおもてなし精神というのか、ホスピタリティの高さに、受け取ることに慣れていないと申し訳ないような気がしてしまうのだけど、同時にとても心地の良いありがたさに、素直に身を任せることにする。
こうして振り返って書いてみると、益々感謝の気持ちが芽生えてくる。一度できたご縁は生涯大事にしたい。彼らに次にいつ会えるのか、楽しみで仕方がない。