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140字小説まとめ 春

月々の星々という140字小説コンテストに投稿していて、春の時期の分をまとめておく。


3月(お題は「解」)

卒業式の帰り、もうすぐ春ねと彼女が笑った。雪が解ければ春が来て、彼女は都会に進学する。私は地元就職組だ。最近失恋して髪を短く切った彼女の横顔は清々しく美しい。「帰省したら遊んでね」と言う彼女に曖昧に頷く。雪が解ければ春が来て、私もこの町を捨てる。山に埋めた死体が見つかるその前に。

体は打ち捨てられた。魂が離れた体は、鳥についばまれ微生物に分解され、土に帰った。その中の一粒が風に運ばれて川へ。川は流れて海へ。南国の砂浜にたどり着き、沈黙する。一方、魂は魂で別の旅をして、新しい体にたどり着いた。私の裸の足が、その砂浜に混じった一粒の土を踏む。燃えるような熱さ。

助けて。解放して。子供のころからずっと閉じ込められてるんです。声の限り叫ぶ。いつか誰かが気付くと信じて。ある朝、呼び声に応えて、ナイフで鍵をこじあける者がいた。逆光を背にこちらに手を差しのべている。うれしい。ナイフを奪ってそいつの腹を刺す。裸足で駆け出す。外だうれしい。ケケケケケ

小指に赤い糸を見つけてすぐに解いた。誰だか知らないけどまだ恋に興味はない。なのに、解いたはずの糸が追いかけてくる。アスファルトを低く這い、毎日少しずつ近づく糸。怖くて手袋をして歩いていると、急に躓いて転んだ。足首に赤い糸がぐるぐると巻き付いていた。そのまま凶暴な力で引きずられる。

頭がおかしくなってしまい、時間は連続性を失った。過去の前に未来があったり明日が2年前だったりする。見知らぬ人が長年の友人だと名乗り、私を抱き締める。とても懐かしい。私も背を抱き返し、もう離れたくないと願う。次の瞬間、抱擁は解かれ、時は断絶する。架空の懐かしさだけが腕の中に残った。

4月(お題は「曜日の漢字」)

人類が太陽系の外に移住して数世紀が経った。長くほったらかされた月の大地に恒星間宇宙船がたどり着き、ふわふわの生き物を発見した。「これはもしや地球の文献に残されていた月にいる兎という生き物では?」こうして体長12メートルで目が15個あり光線を放つふわふわの爬虫類が、兎として登録された。

焦げ臭いなと思って目を覚ますと家が火事だった。火元は台所のようだ。油の不始末だろうか。隣で眠る恋人の顔を見ながら死を覚悟した。と、突然部屋の中に魔法少女が現れ、僕を救出してくれた。ありがとう魔法少女!どう見ても昨夜うちでてんぷらを揚げて、さっきまで隣で寝てた僕の恋人だったけどね。

東京の水道水は年々味がよくなっているがやはり地元の井戸水に比べればまずい、と友は熱弁する。興味が沸いて、帰省についていくことにした。例の井戸の底を覗いて、息をのむ。そういうことか。ドンッ。とつぜん背中を押されて井戸の中に落ちる。遠ざかる友の念仏。井戸水に浮かぶそいつは笑っていた。

木製の箪笥が母の嫁入り道具だった。見事な彫刻の美しい箪笥なのだが、誰も中身を見たことがない。母に聞くと、母さんも知らないの、嫁入りの時に村の魔女が押し付けてきたのだけど怖くて開けてないわ、と言う。両親が寝静まった夜に開けてみた。そこにあったのはたくさんの古びたドレスと恋文だった。

この世は金が全て。金があれば愛さえ買える。男は金を稼いでは巨大な金庫に仕舞い、ご満悦だった。だがある日地球は宇宙人に支配された。通貨は価値を、男は地位を失った。宇宙人は何故か紙幣の味が大好きだった。一人の美しい宇宙人は男の金庫に住み着いた。幸せそうに札束を食べ、夜は男の隣で眠る。

5月(お題は「歩」)

影は心を映す。百貨店の制服に身を包み陰鬱に歩く私の足元で影は踊っている。昨夜の彼のプロポーズに浮き足立って。影はひらひらと、隣の店のウェディングドレスの影と戯れる。我が影ながら気が早い。その時ドレスのマネキンの影が、私の影の手をさっと握った。あっ。二人は手に手を取って駆けていく。

散歩をしろと医者が言う。生きるのに精一杯なのに歩いたり走ったりできるわけがない。立ってるだけで疲れている。医者は外にはきっと発見がありますよと微笑む。しぶしぶ外へ。初夏の風は水を孕んでいる。可憐な赤い花が咲いている。成る程、発見。サンダルの底で滅茶苦茶に踏み潰す。赤は透明になる。

小さい頃神社で、家出した犬が見つかるよう祈った。犬は戻り、泣いて神様に感謝した夜、夢でお告げを受けた。お布施をよこしな。お金はありません。じゃあ譲歩してフルーチェ。それから毎月フルーチェ作り。いつの間にか器は空になる。今日は月末、きっとたくさんの人が慌ててフルーチェを混ぜている。

歩道橋は苦手だ。とりわけ大きな道路や、川の上を通るのは。飛び降りたくなるから。台風の日、大きな傘を差して、歩道橋のてっぺんに立つ。メリーポピンズのように飛ばされてしまえば、自分から飛んだのではないと言い訳できる。強い風が吹いて、踵が浮く。裾を掴む手はない。自由だ、と束の間思う。

神様はぷるぷるフルーチェがお好き。毎月末に神社にフルーチェが届けられる。分量通りの、固めの、緩いの、豆乳を使ったの、昭和の喫茶店みたいなガラスのアイスクリーム皿に盛られたの、花見の残りの紙コップ入り。おや、3Dプリンター製も。人の子の文明は日進月歩、感心感心。でも神罰は下すけど。

<あとがき>
毎月最終日にタイムラインで「同時多発フルーチェ」という奇祭が行われています なんなのあれ


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