ものに溢れた生活はまだまだ続きそうです。
部屋を見渡してみれば、イングリッシュガーデン風のゴミ箱やアメリカンな電気スタンド、和柄のカレンダーなどなど、雑多なスタイルのインテリアや雑貨に溢れています。
統一感は、意外とあって、私が好きなものという軸で見事に貫かれています。
高いものも安いものも、私の中ではフラットに統一されて、どれも愛着あるものに変わります。
穴が空いたりほつれたりした服は裁縫屋さんに頼んで直し直し着続けたり、頂き物で使わなかったものはメルカリに出品したり。
どうしても捨てなければならなくなったものは「今までありがとうございました」と声を掛けてから捨てています。
エコ、リサイクル、リユース。
社会全体がそういう流れになっているわけで、それに乗っかっていると言えばそれまでですが、私はものを買わないというところまでにはいかないかな、という考えです。
ミニマリストも聞き慣れた言葉になりましたが、私が小学1年のときに亡くなった祖父が大量のガラクタを遺していった血を引いているからか、ものに溢れた生活はまだまだ続きそうです。