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ことばになる寸前のなにか。

※こちらの記事は「聞き書き甲子園」事務局による連載となります。

全国約80名の高校生が、「名人」(林業家や漁師、伝統工芸士など)を訪ね、一対一でインタビューをする「聞き書き甲子園」。そもそも、こちらの「列島ききがきノート」もそのOB・OGが立ち上げたチームです。
昨年はコロナ禍で休止していましたが、今年は工夫を凝らして、聞き書き甲子園を開催する予定です。今回で20年目となる当事業に参加する高校生の応募が始まっています!(詳細はこちら)この連載では、過去の参加者たちの体験談をご紹介します。参加を考えている皆さん、「聞き書き甲子園ってなんだろう」と思った皆さん、ご覧ください。


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書き手:宮島 梧子(みやじま ここ)
東京出身。2019年、高校2年生の時に第18回聞き書き甲子園に参加。山形県酒田市飛島のアワビ採りの名人・池田 幸一郎(いけだ こういちろう)さんを取材しました。宮島さんの作品は、文部科学大臣賞を受賞しました。


幸一郎さんに電話をかけるたび、私は、「聞き書き甲子園って、いったい何なんだろう…」と考えてきた。いや、考えるという言葉は、ふさわしくないかもしれない。数分後にはすっかり忘れてしまっているくらいの「考える」である。

私は、中学校の国語科の授業で出会った「聞き書き」という文章のかたちに魅せられ、高校2年生の夏、聞き書き甲子園に参加した。8月に東京で行われた研修を経て、山形県唯一の離島・飛島に生きる、漁師の池田幸一郎さんを訪ねた。

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帰京後は、一言一句ていねいに書き起こした 30000 字を超える対話を声に出して読み返しては、その場で語られたものごとを想像し、じっくり編集作業に取り組んだ。12 月、ようやく作品が完成した。

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↑ 幸一郎さんが獲ったアワビ(2019 年 10 月撮影)

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↑ 漁具について教えてくれる幸一郎さん(同)

今回、連載に参加させていただくことになった時、冒頭に記した問いに、答えを出してみようと思い立った。別の言い方をするとすれば、聞き書き甲子園での経験を振り返り、改めてその価値や魅力を自分なりに言葉にすることを試みた。聞き書き作品をはじめ、応募時に書いた文章、8 月に行われた研修の記録、取材に関する記録、塩野米松先生とのやりとりなど、残っているあらゆる記録に目を通した。

しかし、一通り振り返ってみて、不思議な感覚を覚えた。なんといったらいいのだろう、聞き書き甲子園での一連の経験を構成する大切な要素は、言葉にした瞬間にこぼれ落ちてしまいそうな気がしたのだ。

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私は、聞き書き甲子園に参加した後も、聞き書きに取り組んでいる。ひとりの人間の語りに忠実でありつつ、その語りを聴くひとにも自然と想像力を起こさせる聞き書きのプロセスは、戦争や災害の記憶を伝える営みに親和するかもしれないと考えたのだ。つたない考えではあったが、この発想を出発点に、思いもしなかったひとや、場所や、学びに、今も出会い続けることができている。

これは私の例だが、聞き書き甲子園 OB・OG の友人たちは皆、それぞれの方法で、分野で、聞き書き甲子園で学んだことを、次の学びへとつなげている。高校卒業後の進路に、聞き書き甲子園の存在が大きく影響した、という声もよく聞く。頻繁に話すことはなくても、 聞き書き甲子園に参加した誰かとちょっとしたやりとりを交わすと、前向きな意味で、私もがんばろう、と思える。聞き書き甲子園は、「持続可能な社会を担う若者を育てること」を 最大の目的として開催されているが、まさに、聞き書き甲子園と、そこから広がるコミュニティには、「持続可能」という言葉が似合うのではないか。

話が逸れてしまったが、私が、「言葉にした瞬間にこぼれ落ちてしまいそう」だと感じるのは、名人と高校生の関係性のことである。名人と高校生は、お互いのことをほとんど知らない状態で出会う。私も、飛島で出会った 幸一郎さんに、「何しに来たの、話したところでわからねぇことばっかすだよ(話したところで分からないことばかりだよ)」と言われたことを覚えている。でも、相手のことを知らないからこそ、小さな共通点にうれしくなったり、対話を通して少しずつお互いのことを知ろうという気持ちが生まれたりする。

あまりにも偶然に始まる名人と高校生の交わりは、長い時間をかけて、聞き書き甲子園の “価値や魅力”に、厚みを加えていくのかもしれない。今は、無理にそれらを言葉にする代わりに、幸一郎さんに電話をかけたり、飛島で出会ったひとたちと関わったり、しばらくは無理だけれど、飛島を訪れたりすることを楽しみたい。

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学校や部活、家庭、地域といった、さまざまな社会の中で日々を生きる、すべての高校生のみなさんへ。社会を仲立ちとしない、不思議な出会いを体験しに、そして、言葉で言い表すことが困難なそのかけがえのなさを感じに、聞き書き甲子園に参加してみてほしい。

ありがとうございます。 列島ききがきノートの取材エリアは北海道から沖縄まで。聞きたい、伝えたい、残したいコトバはたくさんあります。各地での取材にかかる交通費、宿泊費などに使わせて頂きます。そして、またその足跡をnoteで書いていければ。