作って造って創って・鈴木美愉
第1回 食を学ぶ学科
ある日は白菜を抱え、ある日はダイコン、またある日はニンニクとアミの塩辛の香りを放ちながら帰路についた。
私は3年間、夢と希望と一緒にいろいろな食べものを抱えて電車に乗った。初めは恥ずかしかったけどだんだん自慢げに、見せびらかしたい気持ちになった。
他にもジャガイモ、トウモロコシ、味噌、ジャム、ソーセージ、ベーコン、食パン、ベーグル、フランスパン、パウンドケーキ、まだまだある。
持ち帰ると毎回母が大喜びする。
こんにちは、鈴木美愉です。
母校のことを伝える文章を書くのは初めてですが、専門高校にはたくさんの魅力があります。どうぞお付き合いください。
鈴木美愉(すずきみゆ)2001年栃木県生まれ、18歳。
栃木県立宇都宮白楊高校 食品科学科(通称:食科)卒業。 宇都宮大学農学部1年。
宇都宮白楊高校には、農業科・工業科・商業科・家庭科の4つの大学科があります。農業科には農業経営学科、生物工学科、食品科学科、農業工学科。工業科には情報技術科。商業科には流通経済科。家庭科には服飾デザイン科がある。幅広い知識と技術を身につけた産業人を育成するための総合選択制専門高校です。
住宅街のなかの自然な高校
高校は宇都宮駅からほど近い住宅街にある。キツツキの独特な音、馬術部の馬の散歩のひづめの音が響く。
ナシ畑にブドウ畑、ブルーベリー畑、草花ハウス、トマトの温室、大きな圃場(ほじょうと読みます。田畑など農作物を育てる場所のことです)がある。
車で20分程行けば、さらに大きな圃場、牛舎、豚舎、水田がある。
お気に入りの場所はやっぱり圃場。農業実習をする1年生のときは初めての体験ばかりで、圃場=ワクワクの思考回路が出来上がった。今でも通りかかると懐かしくて覗いてしまう。
そして、中庭。1階に教室のある3年生が、中庭の芝生にシートを敷いてお弁当を食べている。3階に教室のある1年生の頃からそれにずっと憧れていた。
私は小学生のときに出会った栄養教諭の吉葉(よしば)先生の話で、食に興味を持った。
なによりもまず、給食が美味しかった。その給食には吉葉先生のこだわり、工夫と技、そして愛情がたっぷり込められている。
先生は給食の時間になると必ず教室にやってくる。「お腹と机、背中と椅子の間はこぶし一個分!」と教わったことを今でも覚えている。
幼少期から、姿勢や箸の持ち方、マナーなどの正しい食習慣を身に着けておくことが大切だと、いつもおっしゃっていた。
先生の「しもつかれ」講座(※)に参加したときのこと。その感想を下野新聞の投書欄に出したら掲載されて、先生が気付いてくれた。
記事を持って一緒に写真を撮った。ちょっと怖いと感じていた先生がとってもニコニコ喜んでくれ、私も嬉しかった。
当時の写真です(栄養教諭の吉葉先生と私)
しもつかれとは、鮭の頭、大豆、大根、人参、油揚げ、酒かすなどを煮込んで、醤油や砂糖で味を整え、冷やして食べる栃木県の郷土料理です。大根と人参は鬼おろしでおろすのが特徴。鮭の頭は正月に切り身にして食べた残り物、大豆は節分でまいた残り物、大根は冬の間に埋めて保存しておいた物。「しもつかれを7軒分食べれば、風邪をひかない」と言われる縁起ものです。
小学生のときから高校は決めていた。そして、念願の宇都宮白楊高校に入学した。食で人を幸せにできる人になりたかった。そんな私にとって、ここでの学校生活は本当に恵まれていたと思う。
食の不思議
2年生のときの時間割
専門教科の勉強が楽しかった。なかでも好きなのは食品化学。日々何気なく食べたり作っているものが実は化学に裏打ちされている。そんなことが分かると面白い。
たとえば、「しもつかれ」には“煮込むときにフタをしない”というちょっとしたコツがある。これは小学生のとき、吉葉先生に教わった。
煮込むのだからフタをしたほうが味が染みこみそうなのに。なんでだろう?と記憶に残っていた。
これは魚の臭み成分である「δ-アミノ吉草酸」(難しい専門用語もたくさん学びました。 “デルタアミノきっそうさん”と読みます。)を揮発させるためなのだ。
食品化学の授業で、約10年の時を経て点と点が繋がってゆく。発見の連続で、思わずニヤニヤする楽しい時間だった。
時間と手間をたっぷりかけた実習
味噌は、実習では蒸米に種麹を付けるところから始まる。(この作業は床もみといいます)
麹の発酵を均一にするために行う「切り返し」は麹をほぐすために、みんなが一斉に手を突っ込む。
麹づくりの実習の後は、なんだか手がしっとりもちもちする気がする。これはコウジ酸の働き。麹の独特な香りに最初は、「うっ」となっていたが今では好きな香り。
春に麹づくりが始まり、発酵・成熟させて、製品として販売する頃には冬を迎える。そして校内販売で消費者に届けるまでが勉強だ。
約1年かけて行う味噌実習は食科の醍醐味。
2年生になるとイチゴジャム実習がある。協力してくださる農家さんのいちご畑での収穫から始まる。あたり一面いちごの幸せな時間だ。
ジャム用の収穫が終わると、いちご食べ放題の時間がある。農家さんとの会話もとても楽しい時間だった。
学校に戻るとすぐに実習着に着替え、下処理を行う。収穫したいちごは120kgある。JAでもいちごを購入して、全部で260kgものいちごを加工する。下処理は全工程の中で一番慎重に行う。
品質低下しないように、へたやごみに気を付けてしっかり洗って作業する。いちごの量が多いため、その日の作業は下処理まで。
いちごは次回の実習まで加糖して冷凍保存しておく。
一日中いちごに触っているため、家に帰っても手からいちごが香ってくる。お風呂に入っても香っている気がする。大好きないちごもその日だけはもう見たくなくなるくらいだ。
大きな釜(蒸気二重釜)とカイ(ボートを漕ぐオールのような形の大きなヘラ)で作ったジャムは加熱殺菌したジャム瓶に熱いうちに充てんし、ふたを閉めて倒置する。そして、再び煮沸消毒し拭き上げる。
(熱いうちに充てんする理由は、温度が下がるとジャムが固まってしまうから。また、上昇気流でびんにほこりなどの異物が混入するのを防いだり、空気を極力少ない状態にして微生物汚染を防いだりするため。倒置する理由はふたを殺菌するためです)
衛生管理がしっかり行き届いた“白楊いちごジャム”の完成だ。オリジナルのラベルを貼り販売する。本校のイチゴジャムは果肉がそのままの形でゴロゴロ入っているプレザーブスタイル。
振り返らなくても、無理に思い出そうとしなくとも、私は高校3年間でいろいろなものをつくった。
食と農を繋げたい
白楊高校3年間を通じて抱いた思い。それは「食と農を繋げたい」ということだ。畑から食卓まで(栽培→収穫→加工→販売)すべてを経験して学ぶなかで、農業と環境を大切にしなくてはいけないという気持ちが芽生えた。また、食を通してたくさんの人と繋がることができた。
農作物やそれを加工した食料品は、人が命を繋ぐために生涯ずっと消費し続ける。農業が持続的であるために、私はもっともっと食と農の関係を学んでいきたいと思う。
「食科は生産者と消費者を繋ぐことができる」私はそう思っている。
次回は私が3年間活動した「育てて作って食べる」部活を紹介します。
お楽しみに。
この写真は農業クラブの研修会。のちのち紹介します。
ありがとうございます。 列島ききがきノートの取材エリアは北海道から沖縄まで。聞きたい、伝えたい、残したいコトバはたくさんあります。各地での取材にかかる交通費、宿泊費などに使わせて頂きます。そして、またその足跡をnoteで書いていければ。