包み込まれるような経験。
※こちらの記事は「聞き書き甲子園」事務局による連載となります。
全国約80名の高校生が、「名人」(林業家や漁師、伝統工芸士など)を訪ね、一対一でインタビューをする「聞き書き甲子園」。そもそも、こちらの「列島ききがきノート」もそのOB・OGが立ち上げたチームです。
昨年はコロナ禍で休止していましたが、今年は工夫を凝らして、聞き書き甲子園を開催する予定です。今回で20年目となる当事業に参加する高校生の応募は5月からスタート!募集開始を前に、過去の参加者たちの体験談を連載でご紹介します。参加を考えている皆さん、「聞き書き甲子園ってなんだろう」と思った皆さん、ご覧ください。
書き手:竹中 莉夏(たけなか りか)
東京出身。2019年、高校2年生の時に第18回聞き書き甲子園に参加。愛知県豊根村の山菜採りの名人・村井 惠子(むらい けいこ)さんを取材しました。竹中さんが撮影した写真は、優秀写真賞を受賞しました。
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ずっと同じ土地で育った私にとって、愛知県は未知の土地だった。一人で新幹線に乗ること、取材をすること、今日という日を無事に終われるかという不安を和らげてくれたのは、豊根村のみなさん、何より惠子(けいこ)さん(取材先の村井惠子さん)だった。
↑ ホオズキを下さる笑顔の惠子さん
初めは、惠子さんのお宅で農業や豊根村についてのお話を伺った。お宅には、ざるいっぱいの小豆や、ベランダにカーテンのように干された干し柿など、惠子さんが作られた作物たちがたくさんあった。
お話の中では、農業のサイクル、野菜の育て方などを取材した。その時は、まだ畑を見ておらず自分の頭の中で想像しただけだったが、実際に畑や道の駅に行き、作物や村の方々と触れ合うと、先ほど聞いたお話が、どんどん自分の中で深みを増していくように思えた。
その後の2回目の取材では、惠子さん自身の人生、農業に対する思い、ご家族のこと、豊根村の今後など、とても深いお話を伺うことができた。道の駅で惠子さんと村の方が楽しそうに話す姿を見て、普段の生活の情景が想像できたり、村の方に私を紹介してくださったことで、豊根村の一員になれたような気がした。
また、空気の澄んだ晴天の下で、元気に育つ野菜を見て、惠子さんが大切に心を込めて野菜を作っているのだと想像できた。そして、惠子さんが作物を大切にする気持ちを、どうにか写真として作品に残したいと強く思った。結果、その時の写真は写真賞に選ばれたが、ただ良い構図で綺麗に撮れたから受賞したのではなく、惠子さんの気持ちや普段の情景が想像できるような写真だったため受賞できたのだと思う。あの写真を見て、そのようなことを想像してくれる人がいれば本当に幸せだ。
↑ 干し柿のカーテン
↑ 写真賞を受賞した写真
自分で作ったものを自分で食べるという生活のスタイルは、私にとって新鮮なものだった。作ったものを外に売り生活する、というよりは、自分で作ったものは家族やご近所さんと一緒に食べる、という生活のスタイルだそうだ。日頃から、地域の人同士で作物を分けあったり、困っているときは助けあったりと、それぞれがお互いを気にかけながら生活している。昔よりも地域の中の人と人のつながりが薄くなった今だからこそ、互いを思いやる豊根村の方々の様子が、うらやましく、微笑ましく思えた。
↑ 惠子さんとご友人。道の駅では、日頃から村人同士の会話が絶えない
取材をしていくうちに惠子さんのあたたかさに触れ、いつの間にか私は取材のことを忘れ、自分の高校生活の悩みを打ち明けていた。部活動で部長という役割を果たすうえで、上手くチームをまとめられないことに悩んでいた私を、今のままでもよく頑張っている、と励ましてくださった。話が脱線してしまったにも関わらず、惠子さん自身の経験を織り交ぜながら、本当に親身に相談にのってくださった。
今思えば、惠子さんをはじめとして、豊根村の方々には、他人を包み込むような包容力を感じる。たとえ初めて会ったとしても、しばらく話していると自分のことを打ち明けたくなる、独特な魅力があるのではないか。だからこそ、豊根村に一度訪れた後は、次は家族や友人を連れてまた行きたいと思うのだと感じる。
取材が終わった後、惠子さんはお米や里芋、人参、白菜、大根、真っ赤に紅葉した紅葉などを送ってくださった。お話を聞いた後、実際に食べた作物達は、今まで食べたどの野菜よりも美味しく感じられた。毎年、年賀状を送り、先月惠子さんからはもち花が届いた。もち花というのは、紅白色の餅を枝に刺し、花の咲いた小さな木のような見た目のものだ。お手紙からは、惠子さんが元気でいることや、豊根村の様子を知ることができてとても嬉しく思った。
↑ 惠子さんから届いたもち花
私は、取材から一年半経った今でも豊根村を思い出す。きっと、これから先もふとした瞬間に思い出しては行きたくなるだろう。豊根村は、スキーや芝桜、温泉など、観光業にも力を入れているそうだ。いつかコロナが収まった際には、友人を連れて豊根村を訪れ、スキーや風景、新鮮な食材を楽しみたい。また、個人的な願望としては、惠子さんを訪れ、農業を実際に体験してみたい。実際に訪れたり、周りの人にこの地域の良さを伝えたり、形は様々ではあるが豊根村と長く関わっていきたいと思う。
ありがとうございます。 列島ききがきノートの取材エリアは北海道から沖縄まで。聞きたい、伝えたい、残したいコトバはたくさんあります。各地での取材にかかる交通費、宿泊費などに使わせて頂きます。そして、またその足跡をnoteで書いていければ。