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上村祐翔のゆうゆうレポート 第75回「絵画」
※本原稿は、2024年6月に掲載予定だったものになります。
うえむら・ゆうと●10月23日生まれ/埼玉県出身/劇団ひまわり所属/主な出演作品は、「多数欠」(成田実篤)、「きのこいぬ」(夕闇ほたる)、「シャドウバースF」(天竜ライト)ほか。
撮影●尾形正茂
スタイリング●村田友哉
ヘアメイク●福島加奈子
とある朝。喫茶店でコーヒーを嗜みながら読書を楽しむ僕。読んでいるのは、原田マハ作「常設展示室」だ。
絵画に魅せられ、様々な生き方をしてきた登場人物たちの葛藤、挫折、そこからの希望を感じられるストーリー。人によって感じ方や受け取り方の違う芸術作品を切り口に、それぞれの人間ドラマの描き方が小気味よく、読みやすい。そして、読後の爽快感。朝に読むにはぴったりの彩りを感じられる内容だった。
読みながらふと、数年前に行った美術館に僕は思いを馳せた。
それは、六本木の森美術館で開催されていた「塩田千春展:魂がふるえる」について。赤や黒の糸を空間全体に使ったダイナミックな展示に心惹かれ訪れた。その当時の僕には珍しい、芸術鑑賞という選択。
そこで印象的だったのは、作品の横に書かれていた塩田千春さんの言葉だ。
「糸はもつれ、絡まり、切れ、解ける。それは、まるで人間関係を表すように、私の心をいつも映し出す」
何本もの糸が複雑に絡み合い、たくさんの起点を経由しながら繋がっていく様はまさに人生のように思えた。人と出会い、別れ、あらゆる物事を経験し、そしてまた新たな発見をする。糸の繋がりの空間を体感し、そんなことを考えたのを今になっても時々思い出す。
こんなふうに、時間を元に思考することを僕は好む。というか、最近になってその傾向が強い。意識するようになったのにはワケがある。
きっかけは、実家の大掃除をしたこと。母の手伝いでやることになったのだが、いざ始めると思い出深い懐かしいものの数々を発見した。小学生時代のおもちゃや作文、中高時代の剣道着や寄せ書き、大学時代の教育実習の資料。数えればキリがないほどの僕にとってのお宝ばかり。もちろん、子役時代からの台本もしっかりと保管してあった。読み返してはついノスタルジックな気持ちに。整理整頓をして改めて大切に保管した。
子どもの頃の記憶は日を追うごとに曖昧になっていき、忙しさの中で忘れてしまいそうになる。ともすると過去の自分と現在の自分は別人のように感じることも。それもそう、現在30歳の僕は、大人と呼ばれるようになってから10年も経つのだから。だが、人生というものは連続しているもので、どれだけ遠くても過去も現在も本当の自分。思い出の品々を見てその大切なことに気付かされ、なんだか前向きになれたのだった。
そして、もうひとつの時間の繋がりを感じられたのは、数年前に演じたとある役を、また演じ切れたこと。
詳細はまだ言えないけれど……嬉しい再会だった。壁にぶち当たりそれをどうにか乗り越える、というサイクルが常となった僕にとって、まだスタートラインに立ったばかりの頃の自分を見つめ直すいい機会になった。過去の自分らしい表現をすることができるのか不安だったが、案外すんなりと当時の僕を思い出すことができた。自分のことだから当たり前だしそうあるべきなのだが、ほっとしたのも事実だ。やっぱり“そのときの僕”の連続が今の自分を司っていて、辿っていけば過去の自分にも出会えるのだと。声の表現を通して自分をより理解できたような気がする。
進んで、立ち止まって、振り返って、また前を見て。そんなふうに繰り返されるのが人生。その度にたくさんの景色に出会う。どんな景色にも当時の自分はいて、その景色の一部としてちゃんと存在している。そして、そのまわりには出会うことのできた思い出たち。人、もの、作品、エトセトラ。一枚の絵画のように切り取られたそのあたたかい景色を忘れずに、これからも大切にしていきたいものだ。
……と、朝から随分とキザなことをつらつらと書いてしまっている。でも、素敵な作品に触れるとそうなってしまうような。そんな習性は小さい頃から連続的に行われてきたからこそ……まあ、致し方ないさ!
また久しぶりに美術館に行って、作品から受け取れる想いを心に留めておきたいとぼんやり考えた僕だった。これから梅雨が始まる。心だけはじめじめせず、陽気を纏っていたいものだ。
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お気に入りブックカバーを公園でパシャリ。文庫サイズの本革のブックカバーを一目惚れして購入、読書タイムに彩りを加えた。以前から似たような抹茶色のハードカバー用のものを愛用していたので、楽しく使い分けていきたいと思う。ブックカバーと紫陽花の色味や画角……少しは絵画のようになったかな?
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