耽り
陽はまだ姿を見せていた。その喫茶店は人々で賑わう通りを折れて少し入ったところにあった。入口のドアはさらに道から少し埋もれたように佇んでいて、開けると軋んだ鈍い音を立てた。左手の手前にはテーブルが3つ。そこから奥の方にカウンターが伸び、右手にはテーブル席が並んでいる。僕はカウンターの1番奥の席に座り、目の前にずらりと並んだサイフォン、カウンターの奥に並べられたカップへと目を滑らせた。店員はすぐに水の入ったグラスを僕の前に置き、食器を拭きに戻った。キリマンジャロと玉子サンドを注文して煙草に火をつけながら店員の様子をそれとなく観察する。決して愛想がいいとは言えないが、口を一文字に強く結びテキパキと仕事をする彼からは職人気質を感じ、期待も高まった。
背後にはテーブル席が2つあって、片方では商談、もう片方では水商売の面接が繰り広げられていた。どちらも嫌悪感を覚えるような生々しい会話で、キリマンジャロが出されるのがもう少し遅かったら僕は耐えられなかったかもしれない。
ふた口目を啜ったところで店員は何も言わずに玉子サンドを出して、すぐに食器を洗いに戻った。そうしているうちに客が一気に増えて店はほぼ満席になったが、店員はそれぞれの注文をメモもとらずに聞いて回り、テキパキと全ての飲み物を作り終えてから伝票を書いた。僕はその様子を店の端から時折眺めながらその手際の良さに心の中で驚嘆した。分厚い玉子サンドを綺麗に口に運ぶことには苦労したが、コーヒーも玉子サンドもどこか懐かしく僕の好みにぴたりと合っていた。客足が落ち着くと店員は僕の向かいで煙草に火をつけ、足元に目をやりながら煙をふかした。その唇はそれでも固く結ばれたままであった。
そうして十数分が経ってほとんどの客は店を去ったが、僕の背後の2組は依然として帰る様子もなかった。僕はアイスコーヒーを注文して2本目の煙草に火をつけた。相変わらずすぐにそれは目の前に現れ、空になったカップとお皿も流れるように引き上げられた。
30分ほどして僕は店を出ることにし、代金を払って感謝を伝え、軋むドアを押して店を後にした。店員の決意を思わせる固い表情は果たして最後まで変わらなかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?