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レジ袋はご利用になられますか?

 コミュニケーションの本質は言語ではない。対面のコミュニケーションにおいて言葉は単なる道具に過ぎず、意思の疎通が先行して言葉はせいぜい確認程度ということも多いと感じる。私は常々このように感じており言葉の脆弱性を訴えるような主張はこれまでにもしてきた。最近になってまたこれに似たことを感じたため書き留めるまで。

 私は小売店でアルバイトをしており、レジに立つこともある。そこでうちの店でよくあるやりとりが、今日の題にもなっているレジ袋の要不要を確認するものだ。レジ袋の有料化は思わぬところにコミュニケーションを生んだ。昔はスーパーなどで買い物をすると当然のようにレジ袋がつけられていて、購入点数が極めて少ない場合などに客が袋を断ったり、店員が袋は必要か尋ねたりする程度だった。
 レジ袋が有料化されて久しく、今は様々なスタイルの店がある。自分で買い物かごにレジ袋を入れるというもの、レジ袋が必要な場合は店員に伝えるというもの、レジ袋を注文するカードのようなものをかごに入れるというもの、など。
 私の働いている店では基本的に店員がすべてのお客様に対して
「レジ袋はご利用になられますか?」
と尋ねて、必要なお客様には店員が袋を付けるというシステムになっている。というのも、大して広くない店でサッカー台も無いため、袋が必要なお客様の商品は店員が袋に詰めるからだ。
 しかし、店員側はお客さんが買う物を見ていれば、"この人はレジ袋必要ないだろうな" というのが大抵想像できる。さらに常連さんに関してはどの人がレジ袋を買うのかあるいは買わないのか覚えてしまっている。そこでレジ係から自然とこのような文言が生まれる
「レジ袋はよろしかったですか?」
これは「レジ袋は不要ということでよろしかったですか?」という意味合いであり、大半のお客さんがこれに対して「はい」「ああ、うん」などの肯定で返答する。

 こうしてレジ対応をしていてしばらく経った頃、不思議なことに気が付いた。お客さんの返答がとても早い場合が多いということだ。私が「レジ袋は」まで言ったあたりで「ああ、はい」「あ、うん」と返してくるお客さんが何人もいる。問題は「レジ袋はご利用になられますか?」に対する「はい」はレジ袋が必要であることを示すのに対して「レジ袋はよろしかったですか?」に対する「はい」はレジ袋が不要であることを示す点だ。

店員「レジ袋は、、」  お客さん「ああ、はい!」

という会話だとレジ袋を付けるべきか否かがまだ確定していない。レジ袋は有料なので必要ないという人に誤って付けてしまうと怒られるし、必要な人に付けなければそれはそれで怒られる。

 だが、さらに不思議なことに私はこの早すぎとも思えるお客さんの「はい」という返答が要不要のどちらを指すか、ほぼ100%の確度で分かるのだ。二つの意味になり得る「はい」という一言がこれほど正確に意思伝達を成すことに衝撃すら覚える。レジ袋が必要な場合が圧倒的に多いとかいうこともなく、体感だが半々か不要派が少し多いくらいだろう。例えば不要なら首を振りながら応じるといったように、お客さんの態度に違いがあるということもほとんどない。(というか年配のお客さんが多くて大抵は財布の中の小銭とにらめっこしながら片手間で「はい」と返している)
 では私が使い分ける二つの文「レジ袋はご利用になられますか?」と「レジ袋はよろしかったですか?」は冒頭の「レジ袋は」の部分だけでどちらを言っているのか判別がつくというのだろうか? おそらくこれも違う。自分で振り返ってみると後者で尋ねる時に少しゆっくり言ってしまうような気はするが、音で判別するのはほぼ不可能だろう。

 ではなぜこのような、言語を置いてきぼりにしたコミュニケーションが成立するのか。答えは私とお客さんがその場の状況から同じ質問を想定しているから、である。そもそも「レジ袋はよろしかったですか?」という質問はマニュアル上の台詞ではなく、"どうせこのお客さんレジ袋いらないんだろうな、いらないんだろうけど一応聞いとくよ?" という文言である。お客さんの買うもの、格好、カバン、手にしたエコバッグ、常連ならいつものやり方、といった様々な情報から判断して瞬間的に、私たちは質問を変えている。お客さんの方もそういった情報や店員の所作から自分たちに向けられる質問がどのような類いのものか想定している。そしてお互いが頭の中で描いている会話の流れは不思議なことに高確率で一致していて、質問をほぼ聞かずして返答が成立してしまう。常連のお客さんなら、それぞれの人に対して店員が向ける質問はいつも同じであるから尚更スムーズだ。
 常連でない人に対してもこれが当てはまってしまうのは正直結構怖いくらいだと思っている。やはり私の「レジ袋は」のトーンに何か続きを察知できるニュアンスがあるのではないかと、あるいはお客さんの「はい」に要不要いずれかのニュアンスが含まれるのではないかと思えるくらいだが私の分析力には限界があるし今日はこのくらいにしておく。

 ちなみに、1%くらいの確率でこれがうまくいかないことがあって、数秒後に「レジ袋お願いします」と言われたり、レジ袋を取り出すと「あ、要らないです」と言われたりするが、こういう人たちのほとんどは店員の発話を全く聞いていない。なんとなく店員の呼びかけに相槌を打っているという風な感じだ。(あくまで個人の感想)
 コミュニケーションの本質は言葉ではない、と改めて思わされた出来事をあまり深く考えずに書いた。強調しておきたいのは、だからと言って言葉を軽んじてはいけないということ。道具としての言葉は非常に便利で、コミュニケーションを高度に、確実なものにしてくれる。「はい、お願いします。」「うん、大丈夫です。」とこちらにわかるように返してくれるお客さんの言葉には力強さがある。

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