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マッチングアプリと梅毒増加

 今回のネタは真面目に不真面目。マッチングアプリと性感染症に関わる話だ。
 2023年は梅毒の新規感染者が13,000人を超えた。梅毒の新規感染者が1万人を超えるのは確か数十年ぶり。感染者数は2024年になってからも増加しているようだ(1)。
 実は梅毒の増加は2010年代、特に2014年あたりから顕著だ。HIV / AIDSはこの辺りから減少を始めているので、日本においては梅毒とHIV / AIDSでは患者の属性が全く異なると考えていいだろう。つまり罹っている層が違うということだ。
 HIV / AIDSでは患者の多くがMSM ( Men who Sex with Men, つまり男性同性愛者) であり、異性間感染はあまり多くはない。対して梅毒は異性間接触がHIV / AIDSに比べてかなり多く、女性では20代、男性では30代〜50代が主な感染者の年齢層だ(2-8)。この年齢だけで何か見えるが今回はあえて触れない。

 さて、2010年代前半といえば日本で現在メジャーなマッチングアプリがリリースされた年代でもある。具体的なアプリ名は伏せておくが。
 もちろんアプリにもよるが、マッチングアプリのユーザーは真剣な恋愛よりもよりカジュアルな関係を求めているとされ、さらにマッチングアプリユーザーはアプリを使ったことのないユーザーと比較して性的パートナーの数が多いとする研究もある(9, 10)。
 不特定多数との性交渉が性感染症の拡大を広げることは明確であり、インターネットを通して複数の性的パートナーを獲得する場となっているマッチングアプリが性感染症の増加に何らかの影響を与えていると考えられる。これには時間的説得力もあるし、疫学的な蓋然性もある(11)。

 さて、そう思った私はとある大学を対象に質問紙調査を用いた疫学研究を行ってみた。質問項目は以下の通りである。

・マッチングアプリで出会った相手との性交渉経験の有無
・性感染症罹患経験の有無(ここでは梅毒に限らない)
・性風俗産業の従事または利用経験

 これらの質問をもとに、マッチングアプリで出会った相手との性交渉経験を持つ群と、その経験を持たない群の間での性感染症罹患のリスクを比較した。(正確には性感染症罹患のオッズ比)性風俗産業に関する質問は、性感染症罹患リスクの高い場所の一つである性風俗産業に関して、その従事・利用経験者の数を知ることで、研究対象集団に与えている影響を勘案するために行なった。
 なお、本研究の分析対象者は335人であった。

 早速調査の結果であったが、マッチングアプリでの性交渉経験を持つ群ではその経験を持たない群に対して性感染症罹患のリスク(オッズ)が約20倍高いということがわかった。なかなかな数字ではないだろうか。95%CIも1以上の範囲にあるのでそういうことなのだろう。
 対象集団のプライバシーの保護のためにも各質問の人数は伏せておく、が、どの質問もそれなりに経験ありと回答した人数がいた。

 さて、この結果を踏まえると梅毒の新規患者数増加にもマッチングアプリは何らかの影響を及していると考えていいのではないだろうか。
 ただし、今回の調査は自己申告式の質問紙調査によって行なっているので、利用経験や罹患経験を隠している人が少なからずいると考えられる。また、罹患経験に関しては病院を受診しておらず、気がついていないという人もいることが考えられるので、実際の数字とは若干異なるであろうことが予想できる。

 さて、こんなことを書いているが私はマッチングアプリの利用は肯定派だ。自分の生活の中であれば絶対に会うことのないような人と会うことができる。これは自分の価値観と経験を増やすという点でとても有意義だと思う。
 また、そこで性的関係を持つことに関しても、婚前交渉が一般化した現代においては別に問題であるとは思わない。ただし、自分の身を守るため、また相手を思いやるためにはセーファーセックスは実行するべきであると思う。コンドームを使うことはもちろんのこと、気になったら早めに病院に行くことも重要だ。HIV / AIDSに関しては保健所で無料で検査が受けられるはずである。どの病気も早期発見早期治療が重要だ。
 性病で病院に行くなんて恥ずかしい。と思うかもしれないが、医療者は見慣れているので性病のあなたが来ても何も思いません。安心して受診しましょう。

 マッチングアプリは非常に面白いものであるけれど、日本人の性への知識が足りないまま普及してしまったことで、性感染症の増加に一役買ってしまったのではないだろうか。
 使う方はリスクを理解した上で、正しい知識とともに楽しんでもらいたいと思う。

参考文献

  1. 「病原微生物検出情報」:国立感染症研究所 厚生労働省健康局 結核感染症課・2020; 41(1:479).

  2. 「感染症週報」:国立感染症研究所 厚生労働省研究所感染症疫学セン
    ター・2022; 24(42): 8-11.

  3. 「日本の梅毒症例の動向について(2017 年第 4 四半期:2018 年 1 月 5
    日現在)」・国立感染症研究所 感染症疫学センター・細菌第一部・
    2018.

  4. 「日本の梅毒症例の動向について(2018 年第 4 四半期:2019 年 1 月 7
    日現在)」・国立感染症研究所 感染症疫学センター・細菌第一部・
    2019.

  5. 「日本の梅毒症例の動向について(2019 年第 4 四半期:2020 年 1 月 8
    日現在)」・国立感染症研究所 感染症疫学センター・細菌第一部・
    2020.

  6. 「日本の梅毒症例の動向について(2020 年第 4 四半期:2021 年 1 月 8
    日現在)」・国立感染症研究所 感染症疫学センター・細菌第一部・
    2021.

  7. 「日本の梅毒症例の動向について(2021 年第 4 四半期:2022 年 1 月 7
    日現在)」・国立感染症研究所 感染症疫学センター・細菌第一部・
    2022.

  8. 「日本の梅毒症例の動向について(2022 年第 4 四半期:2023 年 1 月 5
    日現在)」・国立感染症研究所 感染症疫学センター・細菌第一部・
    2023.

  9. 「Geosocial Networking Dating App Usage and Risky Sexual Behavior in Young Adults Attending a Music Festival: Cross-sectional Questionnaire Study」: Shirali Garga, Meryl Thomas, Ashneet Bhatia, 他 3 名・J Med Internet Res・2021; 23(4): e21082.

  10. 「Love me Tinder: Untangling emerging adults’ motivations for using the dating application Tinder」: Sumter Sindy R, Vandenbosch Laura, Ligtenberg Loes・2017; 34(1): 67-78.

  11. 「性感染症ってどんな病気?」:東京都福祉保健局感染症対策部 防 疫・情報管理化エイズ対策担当・2023.


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