1,045円(税込)の万年筆が魔法の鍵になって、楽園の扉がまた開いた
仕事の時はジェットストリーム、プライベートはフリクションを使っていたけど、手帳にはまるのと同時にペンも増え始めた。
元来スローペースなのに、文字を書くときはひどくせっかちで、今書いている文字と次に書く文字が混じって新たな文字を生み出してしまうほどなので(先日は「何」「時」と書こうとして「侍」が出現した。辻斬りか)、書き損じは当たり前。そんな私にとってフリクションは救世主のような存在だ。
でも、手帳をひらくと、自然と丁寧にゆっくり書きたくなってくる。文字を書くこと自体を楽しんでもいいんじゃないか、と思えてくる。
そんな気持ちに寄り添うみたいに、本屋の片隅でふと目が合ったのがフォンテだった。
フォンテは万年筆、ガラスペン、ボールペン、筆ペンなどのペン軸本体と、さまざまな色のキャップ、数種類のインクカートリッジが選べる組み立て式のペン。
仕事終わりで疲れていた私は、「今日一日頑張ったご褒美に!」と勢いづいて、万年筆にクリアのキャップ、パープルのインクを選んだ。
やっちゃった。
万年筆を買ってしまった。
万年筆は憧れの、もっと言えば高嶺の花で、大人の持ち物だと思っていた。いや年齢的には十分すぎるほど大人なのだけれど、精神的成熟が必要なアイテムであって、極度にアンニュイな日は「今日の私はアメーバです。人類だと思わないで下さい」と堂々と宣言しているような人間には不相応な気がしていたのだった。
はじめての万年筆にいともあっさり飛び込んでしまったことに自分でも戸惑いを覚えつつ、カートリッジを差し込んだ。じわじわとろとろとインクがペン芯へと伝っていく。
ペン軸をセットして、ペン先を紙にすべらせると、すんなりと太い線があらわれた。ほんのりとした濃淡のある、かすかににじんだ紫の線。
……かわいい!!!
紳士淑女の持ち物だと思っていた万年筆は、丸っこい文字が似合うような大変かわいらしくぽってりとした線を描くのだった。なによ。あなたそういうひとだったのね。
思いがけない裏切りに、2本目のフォンテとブラウンのカートリッジ、ピンクの樹脂軸の万年筆を買い求めた。気分で使い分けながら、万年筆用に用意したライフノーブルノートと一緒に使っている。
次に欲しいなあ…と狙っているのは、ラミーサファリ。少し前に発売されたらしい白ボディにドットの入ったモデルがたまらなくかわいい。
そうこうしているうちに、文具売り場のペンコーナーに入り浸る時間が増えた。やわらかな色味のマイルドライナー、無印良品の和の色サインペン、ペン軸のマットな色味や手触りがかわいいユニボールワンF、などなど、色々なペンに出会いはじめた。
学生の時は絵を描くタイプのオタクだったので、下描き用のシャーペン、ペン入れ用のハイテックC、枠線用のピグマ、MONO消しゴム、それにコピー用紙があれば何時間でも遊んでいられた。コピックは高嶺の花で、数本だけ持っていたものを大事に使っていた。
無数の紙、無数のペンに囲まれる文房具屋は天国だった。本屋の片隅にある文具コーナーもときめきの空間だった。
どうしてこの幸せを忘れてたんだろう!
世界にはありとあらゆる楽しみがあって、その楽しみに焦点を合わせた時だけ目の前に現れる。自分が見ようとしない限りは見えない代わりに、気づいたらいつでも楽園はそこにある。
1,045円(税込)の万年筆が魔法の鍵になって、楽園の扉がまた開いた。
浮かれた足取りで駆け寄った文具売り場が「おかえり」と言っているような気がして、だからちょっとだけ背筋を伸ばして、平静を装うのだった。