柔軟だけど芯はブラさない。音楽プロデューサー・江森弘和さんの仕事の向き合い方
「いまは『僕がこうした方がいい』と言うと意見が通ってしまう立場なので、相手の思考を止めてしまわないように、周りに委ねることも意識しています」と語る音楽プロデューサー・江森弘和さんをゲスト講師に迎えた「バンドの企画」。
コピーライター・作詞家の阿部広太郎さん主宰の「企画でメシを食っていく2024」(通称:企画メシ)は、8月17日に第3回目を迎えていた。
今回は、「マカロニえんぴつ」などの人気バンドのチーフマネージャーを務める江森さんのキャリアの話、チームで働く上で大切にしていること、周りを惹きつける江森さんの魅力について、「言葉の企画2020」企画生のきゃわのがお届けします!
高速アトラクションのような江森さんのエピソード、お楽しみあれ。
一つひとつの経験が繋がり憧れの場所へ
就職難の時代に学生だった江森さんは、音楽業界に入ることが非常に難しかったという。あったとしても自分の関心がないジャンルの企業か、アルバイトから正社員になる形での就職しか選択肢がなかった。そんな彼が最初に選んだのはセールスプロモーションの会社だった。
「大学で社会学や広告について学んでいました。広告の手段などが増えてきたタイミングでもあるし、遠からず近からず、最終的に音楽業界にもつながるんじゃないかと思いその会社を選びました」。
靴底をすり減らしながらクライアントを往復する日々。同期の成長に焦りながらも、自分にしかできない仕事をしたいと身を削りながら懸命に働いた。
ここで3年間学んだ後は、少しずつ選択肢が増えてきた音楽に近い広告代理店へ転職することにした。
ここでは自分が普段聴かないジャンルの音楽にも関わることになったのだが、アーティストたちのやる気や考え方次第で携われることが増えることを知り、自分なりにその音楽の好きなポイントを見つけ、予算内かつレコード会社にも喜ばれるような新しい企画を提案し、どう売っていくかというトータル的な考え方も身についたそうだ。
「チャンスを手繰り寄せている印象があるのですが、仕事の充実感や葛藤もある中で、『いつか音楽のど真ん中で仕事をしよう』という気持ちは折れずいられたんですか?」と問いかける阿部さんに「そんなに強い心はもってないので、折れまくってました(笑)」という江森さん。
それでも徐々に「自分が心の底からかっこいいと思えるアーティストを発掘したい」という気持ちは強くなっていき、音楽プロダクション兼インディーズレーベルに飛び込んだ。
そこで自分が発掘・育成した3バンドと共に、現在の所属先・渋谷エッグマンの中で「TALTO」というレーベルを立ち上げ、江森さんは音楽プロデューサー/チーフマネージャーとなった。
ようやく憧れのど真ん中に辿り着いた。
情熱と俯瞰のバランス感覚
バンドは一つの会社のようなもので、バンドごとに目的や文化が違うという。その中で自分は客観的に見ている社外取締役のような役割だと例える江森さん。
「チームが行き詰まったときは、絡まった紐をほぐすように、目的をシンプルにすることを意識しています。例え嫌われても目的が達成された方がよいという考え方なので、開き直る鈍感力も大事ですね」。
最近では若手のバンドや関係者たちと接することも増え、人によってキャラクターを変えて接したり、あえて現場のスタッフに判断を任せたりするようになったそう。チームが上手く回るために自分の役割を柔軟に変えられるバランス感覚の優れた人というのが分かった。
「実績があっても、話を聞いてもらえないこともあります。いまは自分たちで低予算でも音楽を作ることができる時代だから、『大人の力を借りなくてもいい』と思われちゃう。でも、長期的な目線でビジネスとして音楽をすることはほとんどのアーティストは考えていないので、それを想像してもらうために膝を突き合わせて何時間も話すことからはじめます」。
業界の先輩たちの真似をしようとしても、そう簡単にはいかない。人と人、関係性を築くには時間がかかる。信頼を得るためには、熱量を伝えるだけでなく、俯瞰して相手に足りないものを探し、自分にしかできない提案ができることも大切だという。そのために常に新しいツールやクリエイター、他のアーティストの打ち出し方も研究し、流行の波に合わせて試行錯誤の連続。
「アーティストたちとは『この音楽はこう解釈されたくない』という方向性を事前に確認し、そうならないように徹底的にリスクヘッジします。これは、組む相手といい関係性を続けるためでもあります。その上で気が乗らない企画があがってきたら、単に断ることはせず、代替案を提案するようにしますし、それがルールだと思っています」。
アーティストとクリエイターとの掛け合わせ次第で、無限の広がり方をする楽曲たち。相手に上手に委ねることで化学反応が起き、その成功体験が次に繋がっていく。
アーティストのことを一番に考えながら、膨大な知識量と調整力で、複数のチームを支えている江森さん。全方位への心配りが凄いのだ。
長く愛され続けるバンドとは
今回、江森さんが事前に出した課題はとても自由度が高いものだった。
「バンド名はキャッチコピー。ロックの定義は難しいけど、それぞれの価値観があるので、正解も不正解もない」という江森さんからの課題に対して、企画生(企画メシの参加者)からはそれぞれの個性が表れる多様な企画が並んだ。目に留まった企画に丁寧にフィードバックする江森さんを見て、まるで戦略会議を体験している気持ちになった。
「音楽も、ファッションと一緒で時代が回るんですよね。僕らからしたら懐かしい曲調も、いまの若い世代からすると新しく感じたり。人気のアーティストは、どのジャンルが自分たちにハマるかを常にアップデートしている印象があります」。
狙って話題になることはそう簡単ではないし、「かっこいい=売れる」というわけではない。「何をどういう切り口で伝えるか」という中身の部分も、長く愛され続けるバンドには必要なのだ。
江森さんの著書『マカロニえんぴつ 青春と一緒』(双葉社)や今回の講義でも登場した「季節とタイアップしよう」というエピソードも好きだ。過去に発表して振るわなかった楽曲が、時を経て自分たちの知らないうちに若い世代に流行って、発売当時よりも聴かれるようになった。確率論かもしれないが、そのとき、そのときに、「グッドミュージック」を作っていたら、いつか振り返ってもらえるチャンスがくるかもしれない。
そんな音楽業界の第一線で働いている江森さんが将来性を感じるバンドの特徴は、歌力があること、歌詞のオリジナリティ、日本人が好む和メロを作れること。そして、アーティストが音楽だけで活動できることを目指しながらも、ビジネスとして会社に還元できるということも意識しているのだという。それが、結果的にそのアーティストが長く音楽活動を続けられることに繋がるからだ。
世の中にあまた流れる音楽たちは、江森さんのようにアーティストたちを周りで支えてくれる人がいるからなのだ、と心から思った。
柔軟だけど、芯はブレない
最後に阿部さんから「企画するということはどんなことですか?」と聞かれた江森さんは、「相手のプライオリティを明確にしつつ、目的からブレずに自分がワクワクできること」と答えた。
......全くブレない。2時間という講義の間、とにかく話題が豊富で、経験談やアドバイスなどを淀みなく話してくれた彼は、最終的に「目的をブレさせない」というところにきちんと戻ってくるのだ。
この芯のブレなさは、もともとの特性なのだろうか。
講義冒頭、「10代の頃に企画をした思い出は?」という阿部さんからの質問に、「自分から前に出るタイプではなかったが、やっていくうちに自分の思い描くところにもっていきたいという気持ちが強くなり、最終的にリーダーシップをとって企画が進んでいくということがよくあった」と教えてくれた江森さん。昔からスタンスが変わらない人なのだと思った。
「芯がある」というと頑なという印象もあるのだが、彼には、俯瞰力と相手に委ねる余白もあり、気さくで快活。とてもバランスがよくて柔軟なのだ。
そうだ、まさに「マカロニとえんぴつみたいな人」だ!(言いたいことが伝わるだろうか。)
そんなアルデンテな江森さんは「いいチームをつくるため」という志を掲げて学ぶ企画生たちに向かって、こう締めくくった。
「結局のところ、チームというのは目的達成のために集まっていると思います。ひとりではないから、色々な価値観や考え方があって当然だ、ということを常に意識すること。自分のエゴを通したり、そうしなかったり、正解や不正解は都度変わるけれど、目的は何かというのを常に提示してブレさせないことが、いいチームづくりの秘訣です」。
ラストのワンフレーズまで、説得力に満ちていた。
いい時間を本当にありがとうございました!
執筆:言葉の企画2020 かわのみずき(きゃわの)