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水をこぼす

水をこぼす

 

 

 

 

昨日も今日もコップを倒し

水をこぼした

これは何かの前兆か

その後起こる災難を

薄く引き伸ばしているに違いない

溺れなくてすんでよかった

ここでこぼしておかないと

海底洞窟の探検から

戻って来られなくなるのかもしれない

未来の津波は私のおかげで

10cmとなり

沿岸の民を救った

スーパーで買ったアサリの一つ

それは未来からのタイムトラベラー

私に言伝があるという

「あと500回こぼしてください

そうしたら

我々の子孫や人間も

何とかなるかもしれません」


私は聞く

「もっとこぼしたらどうなるの」

「さぁわかりませんが

こぼしすぎたら

干ばつとか飢饉とか

あるかもしれないし

むしろもっと良くなるのかもしれないし

私はタイムトラベラー第一号なので

帰れるのかどうかもわからんのです」

「スーパーで売られるなんて

危機一髪だったね」

「私は悪運に強く

このトラベルの選考試験で

鬼しじみと争いましたが

そいつはガガーリンみたいなイケメンで

最終日に彼は

牡蠣の排泄物を吸い込んでしまって

棄権するという羽目におちいり

なのでおそらく

帰れる気がしてなりません」


そこでアサリは

秘密を打ち明けるような

小声で言った

「このパックの黒い模様のある子

いいなって思ってるんです

一緒に過ごしてみたいんですけど

セッティングしてもらえませんかね」


私はお安い御用とボウルに塩水をつくり

トラベラーを入れた

黒い模様のアサリはいくつかあり

果たしてどれがどれやら

選別されるアサリに失礼にならないように

ボウルで相手を待つトラベラーに

YESならピュッ

NOならピュッピュッ

をお願いして

黒い模様のアサリをお披露目する


ピュッピュッ

ピュッピュッ

ピュッピュッ

ピュッピュッピュッピュッピュッ


???


もう一度直近のアサリを見せてみる

ピュッピュッピュッピュッピュッ

トラベラーをすくい上げて問いただす

「どっちなの」


「YESです!

YESですよ!

すいません

興奮しちゃって」

二つのアサリをボウルの塩水に入れる


あんなに興奮するなんて

余程気に入ったのね

それにしてもこのアサリたち

こうなったら食べられないなぁ

どうしようか

海に放そうか


ボウルからピュッピュッピュッピュッと

塩水をかけてくる

トラベラーをすくい上げる


「思ったよりも年上でしたが

一緒に来てくれるそうです」


「良かったね

ねぇ他のアサリどうしたらいいと思う」

「酒蒸しにでもしたらどうですか」


「うわ

同胞愛とかないわけ」

「じゃあ海に放すとか」


「やっぱそれかなぁ

ところでどうやって帰るの」


「海に放って下さい

そうしたら自力でポイントまで行きますんで」


「じゃあその時に他のアサリも放そう」


「ついてこられちゃ困るんで

離れたとこに放してくださいね」

「ポイントってどこら辺なの」

「ハワイの向こう…とだけ言っておきましょうか」


「遠いんだね」

「チャーター便あるんで」

「第一号って言ってたよね」

「未来の私が用意してくれました

やっぱ遠すぎて大変だったみたいです

チャーター便に乗った僕達が

帰れるのかどうかは分からないんですよ

そんな顔で見ないでください

これが失敗するパターンだったとしても

それは僕のせいじゃなくて

あなたが水をこぼし足らなかったせい

かもしれないんですよ

あなたは余計なことを考えずに

水をこぼせばよいのです」



すぐに出発するというアサリに急かされて

アサリを持って近所の海へ行き

トラベラーがこの辺でいいという場所は

潮干狩りポイントであった


「ほんとにここでいいの

捕食者だらけだよ」

「無理難題って燃えますよね

遅刻しそうな朝に若い裸体を思っちゃったり

家内のはらりを屋台の野菜たちに見られちゃったり

甘いファンタジーかと思ったら高いたらいを買わされそうになっちゃったり

マッサージにマーガリン使ったらダサいって娘に言われたり

赤いあざみ販売中につられたのに淡いあざみだったり

それでも無理難題に果敢に挑むのは

他愛もない話題で

互いに何代も未来永劫

笑い合いたいだけなんです」



なんと言っていいのかわからず

それでも少し感動して

しばらく待っていたけれど

何も言ってこなくなったので

話は終わったようだ

遠浅の砂浜のサーファーが

波待ちをしている近くまで行って

二つのアサリを放った

残りのアサリ達は

服を乾かしがてらしばらく散歩をしてから

膝の深さの辺りで放った


私は水をこぼすのが使命となった


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