内閣府の量子技術戦略2023と日本企業の動き
本記事では、内閣府の量子技術戦略2023と日本企業の動きについて内閣府のムーンショットや量子技術イノベーション会議の議事録などの情報から量子コンピューティングにおける今年の大まかな流れを考察します。また、量子国際学会「QCE23」に出席した日本企業に関する情報を紹介します。
ムーンショット型研究開発制度
内閣府が毎年発表する政策の中に総合科学技術・イノベーションに関するページがあります。その中に「ムーンショット型研究開発制度」があります。そこでは、国が推進したい研究開発の9つの目標が掲げられています。
地球環境やAIなどの目標に加えて「誤り耐性型汎用量子コンピュータ」が目標として掲げられています。
量子ビットは非常に敏感で、外部のノイズや計算の誤差によって状態が変わってしまう可能性があります。誤り耐性の技術は、これらの誤りを訂正したり、最小限にしたりすることで、量子コンピュータの信頼性と効果を向上させることを目指しています。つまり、量子コンピュータの誤り耐性とは、量子コンピュータが計算中に生じる誤りを訂正し、または耐える能力を指します。
ちなみに、誤り耐性は量子コンピュータに限った問題ではありません。古典コンピュータ(現在、家庭やビジネスで主に使われているコンピュータ)でも誤り耐性は重要な問題です。古典コンピュータでは、外部ノイズや機器の故障、ソフトウェアのバグなどがデータの誤りを引き起こす可能性があります。これに対処するために、エラーをチェックし訂正するメカニズムが利用されています。これらの技術によって、古典コンピュータのシステムは、信頼性と正確性を保ちます。ただし、同等なことを量子コンピュータで行う技術は、少数の量子ビットを扱うケースを除いて、まだ研究開発段階にあります。
しかし、次に見るように着実に進歩が起きているようです。
量子技術イノベーション会議
内閣府の政策は量子技術を含め多くの科学技術・イノベーションを扱っています。量子技術イノベーションのページでは数ヶ月に一度のペースで配布される量子技術イノベーション会議の議事録を参照することができます。
例えば、令和5年9月21日の議事要旨では次のように述べられています。
このフォールトトレラント(Fault Tolerant)とは誤り耐性型のことを指します。なお、フォールトトレラントな量子コンピューティングを短縮してFTQC(Fault Tolerant Quantum Computing)とも呼びます。
上記に引用された文章からわかるのは、誤り耐性型の量子コンピュータの実現は2050年ごろを目指していたが、実際には20年ぐらい前倒し、つまり2030年ごろなるかもしれないということです。
とするとあと6、7年ほどの話なので「ユースケース開拓にもっとリソースをさかなければいけない」と述べられています。つまり、ハードとしての耐性型の量子コンピュータがもうじき登場するのであれば、そこで使えるソフトの充実が必要となるということです。
しかし、そんなに速く進歩していくのでしょうか。続いて、こうも述べられています。
「100万量子ぐらいあれば」と条件がついています。逆にいうと、それ以下だと古典コンピュータより速くなるともいえないということです。だったら100万量子ビットが数年で実現できるのであればよいのではないでしょうか。
ところが、IBMは2023年に1000量子ビット超を目指しており、その先のロードマップとしては2025年に4000量子ビット超を目指しているそうです。とすると、そこから5年ほどで100万量子ビットに到達するのはちょっと難しそうな印象を受けます。
この辺りが微妙なところです。一方では、FTQCの時代があと6、7年で来るといっておきながら、古典コンピュータより優位になるような計算には100万量子ビットが必要であり、まだまだ実現は先の方にある印象を受けます。
そのため、上記で「もう少し小規模」で何かできないかと述べているのだと思われます。ただし、漠然とユースケースを考えるのも難しく、以下のようにも述べています。
量子コンピューティングではよく知られてアルゴリズムがいくつか存在します。例えば、量子テレポーテーションなどがありますが、それをビジネスや日常で役立つレベルでの実用性へと昇華するというアプローチよりも、目先の現実にある問題を解く方向を目指す必要性を説いています。
そのためには、民間からの関心や投資が集まる必要がありますが、その方面において日本は世界的にリードをとっているとはいえない状況にあります。
楽観的に考えると、世界6位でまだ伸び代があるといったところでしょう。しかし、産業界からの勢いがなく、現状のままだと更なる成長どころか、より縮小する心配もあります。しかし、先日行われた量子コンピューティングEXPOなど産業界から一定の関心はあるように見えます。
なぜ、今一つの盛り上がりと捉えられているのでしょうか。「如何に産業界にア ウトリーチして本気にさせるか」と言わしめる理由はなんでしょうか。
おそらくまだ様子見をしている企業が多いということでしょう。いま先に手を出すことのリスクの方が先制優位よりも大きいと感じられているのではないでしょうか。まだ研究開発段階で不透明な部分が多い印象がある中で、量子コンピューティングはまだ遠い未来の話と思われても仕方がなさそうです。
日本はインターネットでも携帯でも出遅れました。それでも必要性と可能性が受け入れられると一気に広がる底力もあります。しかし、現在プラットフォームを構築している海外勢との競争を行うとするならば「プラットフォームをどうやって育てていくかという段階に来ている」というのも切実なのだと感じます。
いずれにせよ、日本における量子コンピュータの研究は止まっているわけでもありません。最近、理研の量子コンピュータがクラウドからアクセス可能となったり、富士通との共同開発が行われています。また、東北大学は量子コンピューターを活用したスタートアップの創出に力を入れています。学生の頃から量子技術に精髄した量子ネーティブを育成することを目指しているそうです。
この議事録を通して、国が焦りを表明しているというのが2023年の現状なのだと感じました。たとえ国が後押して大きな投資をしたとしても成功するとは限りません。1980〜90年代の第五世代コンピュータが研究だけで終わってしまったことを思い起こします。長い目で研究を続けると同時に、実用化によって早期に利益をもたらすことができるかどうかが重要となるでしょう。そのためには、完璧なFTQCを待つ必要はありません。また、量子コンピュータだけに頼るべきでもない、そんな思いが以下の文章から伝わります。
もともと量子コンピュータは、古典コンピュータと組み合わせて使うのが想定されています。そこで、日本が誇るスパコンとうまく組み合わせることができないかというアプローチは自然な考えでしょう。
また、既存の技術で使えると分かっているものとの組み合わせは、より現実性が高いと言えるでしょう。存在するツールやアプリを利用するのは、経験値の高いエンジニアが活躍できるということでもあります。
例えば、NVIDIAは彼らのGPUを使って量子コンピューティングのシミュレーションを高速に行うcuQuantumという技術を提供しています。現在可能なAIなどの技術と組み合わせて、使えるシステムや仕組みを創り出していくというアプローチは利益を追求する民間からの投資を惹きつけやすいのでしょう。
少なくとも、まだ不確定なことが多い「誤り耐性は量子コンピュータ」を必要不可欠としてしまうのはある程度のリスクを考える必要があります。それが思ったよりも早く来そうだというのはあくまでも期待でしかありません。
とはいうものの、日本でも動き出している企業もあります。
量子国際学会「QCE23」
2023年9月17~22日、米ワシントン州ベルビューで量子コンピューティングに関する世界最大級の国際会議「2023 IEEE International Conference on Quantum Computing and Engineering(QCE23)」が行われました。
日経の記事によると量子機械学習や量子AI(人工知能)の話題が中心となっており、ドイツSiemens(シーメンス)やドイツFraunhofer IIS(フラウンホーファー集積回路研究所)のワークショップでは、量子機械学習や深層学習関連の研究発表があったそうです。また、米国のオークリッジ国立研究所のワークショップでは、量子AIを使用して金融などにおける最適化や誤り訂正など応用例が紹介されたとのことでした。
マイクロソフトも参加しており、誤り耐性型に照準を定め、100万物理量子ビット以上が実用化の必要だと想定しているそうです。これは、前述した内閣府の量子イノベーション会議からの意見と同じですが、マイクロソフトはそのようなコンピュータの登場を想定した上での研究開発を行なっているようです。さらにハードとソフトの両面からの研究開発を進めています。それだけの資金力があるということでしょう。つまり、リスクは高いが上手くいけば大成功な道を選ぶ余裕があるということでしょう。もちろん、マイクロソフトにもいろんな研究者や開発者がいるでしょうから、一枚岩かどうかはわかりませんが。
そのほかにもたくさんの海外企業が参加しています。代表的なものとして、IBM、インテル、AWS、HPC、IONQ、などなど。
なお日本からは、TOPPANホールディングスとblueqat(ブルーキャット)などが参加しています。両社は共同で光量子計算における新しい計算手法を開発したとのことです。それは、光量子計算の誤り訂正にも応用できる見込みのある技術だとしています。なお、TOPPANホールディングスは量子機械学習を使った異常検知や光量子通信などへの応用に向け研究開発を進めるとのことでした。
異常検知に関しては、個人的な感想としては量子技術を必要とするほどのことなのかという印象です。ただし、現在の技術とつなげて何か実用的なものを組み立てるという意味では、経験値を高めるのには良いのかもしれません。
また、注目する点としては、量子コンピュータ向けのソフトウエア開発を専門とするblueqatと共同して開発しているとのことで、今後もこのような量子ソフト開発会社が台頭する可能性を感じました。
なお、TOPPANのウェッブサイトでは量子関係の取り組みが紹介されています。QCE23でも発表した「肉眼では判別できないようなリンゴの不良をリンゴを切ることなく可能」にした技術を量子コンピューティングで開発しています。
これも量子技術のお試し的な意味合いが強いですが、何かを具体的に達成するのは重要でしょう。積み上げていってさらに高度で複雑なことができるようになればよいと思います。
なお、TOPPANホールディングスは、製造現場のDX(デジタルトランスフォーメーション)支援に事業機会を見出そうとしているとのことした。本気度は高く、前述の量子コンピューティングEXPOにも出展していました。
そのほかにもQCE23には、日本企業として、富士通、浜松ホトニクス、QunaSysが参加しています。QunaSysは大阪大学教授の藤井啓祐が技術顧問として参加しています。彼に関してはこちらのYouTubeがおすすめです。
また、日本企業ではないですが、日本人の物理学者である北川拓也が関わっている企業であるQuEraも参加しています。彼に関してはこちらのYouTubeが面白いです。
以上、量子コンピューティングの実用化はまだ先であることは間違い無いのですが、実現してから参加するのでは遅すぎるという焦りが内閣府の議事から感じられました。国際学会などに参加する企業がある一方、全体としては他国と比べると勢いがない印象を受けます。また、中国や米国と比べると予算的に余裕がない日本では、民間投資に希望を見出すしかないかもしれません。
いずれにせよ、量子関係のニュースを追っておくことは重要だと感じました。また、とても興味深いです。
最後に、量子技術イノベーション会議の議事録からの引用して、この記事を終わりにします。
では、また。
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