食器の海の真ん中に。/なかなか好きな食器を買えないのです。
30年、好きな食器を揃えたことのない、そんな人生である。
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一人暮らしになった18の春、僕は食器を段ボールに詰めていた。家の物置から出てきた引き出物のカトラリー、両親が趣味で作る陶器のお皿たち、友人からもらったマグカップ。寄せ集めの食器たちと、名古屋に引っ越した。寄せ集めのわりに、過不足がほとんどなくて、買い足したのは菜箸くらい。それでも時々、家からの荷物に新作の陶器が入ってきて、少しずつ食器は増えた。
それから、就職して関西へ、寄せ集めの仲間たちと一緒にやってきた。さすがに長く使っていると割れるものも出てきて、少しずつレギュラーメンバーは入れ替わった。自分の意思で、グラスを買い足したのはこの頃か。スタッキングできるものが欲しくて、ボデガのグラスを買った。手の中にコロンとおさまるフォルムが可愛くて、それでいて気軽に使えそうなのが気に入った。
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結婚したら新しい食器を揃えようか。そんなふうに思っていたけれど、蓋を開けてみれば義母と同居。必要なものは全て揃っている。友人にも、結婚祝いで食器はいらないよと伝えた。置く場所のないくらいの食器を持ちながら、それでも新しいものを買ってくる義母に悶々とした気持ちを抱えたこともあった。僕は好きな食器を買うことができないのに、って。
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そんなふうに暮らしてきたから、ついつい買い物をしていても食器に目がいく。
お皿を揃えるなら、やっぱりティーマがいいかな。アラビアのプレートも捨てがたい。
カトラリーは絶対カイ・ボイスン。クチポールに憧れた時期もあったけれど、毎日使うにはちょっと緊張してしまいそうだ。カイ・ボイスンのほうが、肩から力を抜いて使えそうな気がする。
それから、脚付きのグラスも欲しい。スタッキングできなくてもいい。特別なやつがいいから。
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といっても、うちにはたくさん食器があるし、これからも増えそうな予感がする。さらにはうっかり壊しそうなおチビが2人もいて、壊して怒ってしまうのもかわいそうだ。それなら、楽しみはもう少し先にとっておいてもいいかしら。
食器が買えないんじゃない。今、買わないだけなのだ。そう思うと、なんとなく心が軽くなってぷかぷか浮いている気分になる。そうして、今夜も食器の海を泳ぐのだ。
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