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それは屋根よりも高く:休

◇手術翌日

朝起きて、鏡を見ると、顔は大きく腫れて、まるでアンパンマンのようだった。顔のパーツが中心に寄って、頬や顎周りがボコボコして、少し歪んでいる。

祝!解禁された食事は、おかゆと、ミキサーで粉々にされ、原型を留めていない正体不明のおかずその1、その2という感じ。

顔が腫れているので、普段通り口を開くことはできない。小さいスプーンに、少しだけおかゆを掬い、ゆっくりと時間を掛けて、おちょぼ口で食べる。一日ぶりの食事は、まったくの無味だった。
味を変えようと、おかずに手を出す。ピンク色をしたフレーク状のこれは、多分きっと焼鮭。かなり薄いながらも味があった。これをおかゆに混ぜてみたら、絶対美味しいのでは?と、少しルンルンしながら投入してみた。

……わあ、すごく美味しくない。鮭をも打ち消す、このおかゆ。強い。

そして、正体不明のおかず、その2は、緑色のドロっとしたものだった。きっと元の姿は、ホウレン草とか小松菜のお浸しだろう。フン、貴様らごとき容易に想像できるわ!と、鮭には出せなかった強気な態度を葉物野菜には取ることができる。しかし、そのドロっとした緑色の物体を見つめていると、食欲が失せてきた。私は、その2をそっとトレイの隅に追いやる。

このおかゆ、どうやって消費するべきか……。私は、はっとして、母が桃屋の『ごはんですよ!』を持たせてくれたことを思い出す。さすが、お母さん!なんだってお母さんだね!!だいすき!

『ごはんですよ!』をおかゆに乗せて食べると、たしかに『ごはんですよ!』の味がした!けれど、味気ないおかゆの主張が強すぎて、全然美味しくない!このおかゆ、本当にすごく強い!
結局、一日ぶりの食事は半分以上残してしまった。勿体ないと思いつつも、食べる気力が起きなかった。

私はベッドに寝転がり、テレビを見始める。ニュースとワイドショーが合体したような朝のテレビ番組だ。それが全然面白くなかった。別に、爆笑を欲しているわけじゃない。それでも、殺人事件や芸能人の熱愛、流行のトレンドや料理のレシピを紹介されても、マジでどうでもよかった。心の底から興味ねーわ!という感じだったのだ。

体はとてもだるかった。傷を縫合した糸の先が、口の中でちょろちょろ動いて、気持ち悪い。それに、まだ鼻も詰まっていた。

ご飯は美味しくないし、テレビもおもしろくない、体がだるい。その三拍子がそろってしまえば、私を最低な気持ちにさせるのに十分だった。全部つまらない、楽しくない、しんどい。こうやって何も楽しくない状態が一生続いたらどうしよう。言葉にすれば、とてもあっさりとしたものになるけれど、なんだか少し絶望していた。

チャンネルをころころ変えていると、藤岡弘、が芸能コーナーに出演していた。藤岡弘、は、襲われた時の対処法について淡々と語っていた。
「敵の水月を、こう、ガンと、蹴りあげるんですよ。ほら、こうやって!」
と、アナウンサー相手に実戦して見せていた。真剣な藤岡弘、と、きょとんとする周囲のギャップ。
「ハハハ」
満足したのか、藤岡弘、は愉快そうに笑っている。

この人は、朝から一体何をやっているのだろう。私は、藤岡弘、に釘付けになる。その後も、藤岡弘、は技の数々を惜しみなく見せてくれた。いよいよ何をやっているのか分からない。私は延々と続く、その突拍子もない行動を見ているうちに、ついにベッドの上で涙が出るほど爆笑した。

さっきまであったあの絶望感は、決して嘘ではない。それでも、その絶望を簡単に吹き飛ばしてしまうくらい、藤岡弘、が面白かったのだ。

人生って上手く出来ているなと思った。苦しかったり辛いことがあったら、ちゃんと楽しいことがセットでくっついてくる。だから、やっていけるんだなあ。ちゃんと一つに繋がっている。

午後からは、また大部屋に戻った。相変わらずのおばあさんたちに、ちょっと安心する。
その夜、大部屋の視聴率100%を獲得したのは、『ミュージックステーション』。意外にもおばあさんたちは、若者文化に詳しいようで、出演していたKis-My-Ft2の話題で、とても盛り上がっていた。

「でも、やっぱり一番は、三波春夫」
そう誰かが、ぽつりと漏らす。
「そうだね」
「私は、春日八郎が好きだったわ」

口々に、昭和歌謡界の重鎮たちの名前を言い合う。AKB48と美空ひばりを比較したり、平成から昭和まで幅広い音楽談義である。
私は、ちあきなおみが一番かなー、と思いながら聞いていると、看護師さんが点滴を交換しやって来た。そして、明日の正午に退院の予定だと告げられる。やっと、ここから出られる。安心からか、私はその日、すやすや眠った。


◇退院当日

相変わらず、美味しくない朝食を食べる。顔の腫れは、多少マシになった。今朝は、NHK朝の連続テレビドラマ小説が視聴率100%を獲得していた。余程、感動的な回だったらしく、「ぐすん」と鼻をすする音がそれぞれのベッドから聴こえてくる。

私もテレビをつけて一緒に見ていると、先生が私の様子を見にやって来た。特に問題なしとのことで、晴れて退院の許可が下りる。起床時に変えられた点滴も終わっていたので、点滴のチューブも外される。数日ぶりに自由になった左手がとても新鮮だった。私はスウェットを着替え、ベッドや荷物の整理を始めた。

正午前、母が迎えに来る。私の顔を見ると、「腫れたわね」と、心配そうな雰囲気を装いつつも、口元はしっかり緩んでいた。
ベッドを整えて、大部屋の扉に向かう。カーテンの隙間から、こちらを見ているおばあさんたちに、軽く会釈をする。
さよならは言わない、どうかお元気で。またどこかでお会いしましょう。市役所、銀行、郵便局、そういった公共の場がいい。でも、声はかけないわ。だって、私たちそういう関係でしょ。

私は、ナースステーションにお礼を言い、病院を後にした。

退院しても、しばらくは硬い物は食べられないから、おかゆがメインだな。でも、とびきり美味しいおかゆにしよう。おじやでもリゾットでもいい……なんて待望の美味しい食事に夢をはせていたら、車を運転している母が、突然口を開いた。

「あんた、抜いた歯、ちゃんと持ってる?」
「うん。あるけど、なんで?」
「お父さんにも見せてあげなさいよ」
「いや、別に見せなくてもいいんじゃないかな」

お父さんだって、あんな血だらけの歯を見せられても、リアクションに困るだろう。「私の親知らずだよ」と説明して見せても、「へっ?なにが?どれが?なに?」と、きょとんとした表情で見つめてくる父が目に浮かぶ。そういうリアクションを取ってしまうのは仕方ないかもしれないが、申し訳ないけれど、少し面倒くさい。

しかし、あの親知らずはどうするべきか。別にいらないし、だからといって捨てにくい。小さい頃、歯が抜けた時ってどうしていたっけ?

「そういえばさあ、歯って、どこかに投げるんだよね?」
「ああ、乳歯はね。上の歯は縁の下に、下の歯は屋根に投げるのよ」

懐かしい。随分、昔はそんなこともやっていた気がする。じゃあ、あの親知らずは下の歯だから、屋根に向かって投げるのか。

「投げたら、なんか良いことあるんだっけ。そもそもなんで投げるんだっけ」
「さあ?スマホで調べてみたら?」
「うーん」

意味を知るのもいいけれど、今すぐに知らなくてもいいかもしれない。
やっぱり、家に帰ったら、お父さんにも見せてあげよう。その後、屋根に向かって投げよう。
屋根よりも高く、手を伸ばして、空に向かって。そしたら、また何か良いことがきっと起きそうな気がする。たぶん、きっと。

(了)



※2016年ごろに書いたものを加筆・修正。