何かの手順書
「S博士、お呼びでしょうか」
「おお、待っていたぞ、C君。実は、例の平成の頃に書かれた古文書が、ついに解読できたのだ」
「えっ、本当ですか!」
「この古文書は、ほとんど同じ内容のものが全国でいくつも見つかっている。これの解読は千年前の人達の生活を知るのにきっと役に立つ……と思ったのだが」
「だが?」
「解読できたのに、結局何が書いてあるのか、さっぱりわからんのだ」
「どういうことですか?」
「読めばわかる」
「どれどれ。両手でぐるぐると巻く……左右から力強く引く……足元からすくい上げて後ろに投げる……」
「どう思う?」
「はて……何かの手順書でしょうか?」
「やはりそう思うか。私もそう思ったんだが、文書のどこを読んでも、《《何を》》操作するのかが、全く書かれていないのだ」
「操作の対象が書かれていない? つまり、手順だけが細かく定められていて、何のためのものかがわからない?」
「そうだ。最初から最後まで、何かを作業し続けているのだが、それがなんなのかさっぱりなのだ」
「でも、日本中に同じ文書が残されているんですよね? 平成の人達は、みんなこの手順書に従って何かをしていたわけで……当時普及していた機械の操作方法とか?」
「ううむ、しかしこんな奇妙な操作をする機械があるだろうか?」
「博士、実際にやってみればいいんじゃないでしょうか? 僕が読み上げますから、その通りに動いてみてください。そしたら何かわかるかもしれません」
「うむ、その通りだな。よしやってみよう」
「ではいきますよ。まず、足を広げて腰を大きく落とす。片腕ずつ左右に揺らす。両手をぐるぐる回して巻き上げる。左右から力強く引く。足元からすくい上げて後ろへ放り投げる。右へ力強く押し、力強く引く。そして『ハイ! ハイ!』」
「ハイ! ハイ! ……この掛け声はいるのかね」
「音声認識なのかもしれません。次は振り返り、空中で腕をぐるぐる回して引っ張る」
「ううん……やっぱりわからん」
「まだです、博士。まだ全体の四分の一くらいです。次は両腕を左右に伸ばしたまま横歩き!」
「しかたない、わかるまでやるか……」
二人の歴史学者は、夜を徹して謎の解明に取り組み続けたが、ついぞ解けることはなかった。
西暦3000年。食糧はすべて培養される時代となった彼らに、漁業の動作をモチーフにした踊り――ソーラン節なんてものの存在は、想像すらできなかったのだ。